★演者に訊く 2009年4月
ゲスト
「琵琶奏者・川嶋信子」


【全3回 其の2

 いよいよ世間ではゴールデンウィークに突入ですね。皆さんはどんな風に過ごされるのでしょうか。ちなみに芸人にはあんまり関係ありませんね、GWって奴は。忙しい人は四季を問わず忙しい。忙しくない方は一年中大型連休ですから。
 アタシですか?そりゃマァそれなりに。ぢっと手を見たくなる時がありますがね、ええ。
皆さんも不景気だからといって暗くならずに、この際だから新しい世界を覗いてみちゃあいかがでしょうかね。藝能往來は、その良いきっかけになる事請け合いですぜ

前置きはこれ位。川嶋信子さんの第2回でアリマス。
女優を目指していた川嶋さんは、誰もがそうであるように前進と後退を繰り返しながら勉強の日々を送ります。そんな中で琵琶と出会うのですが、最初から「これで行こう」と思った訳ではないのだとか。

川嶋「子供の時にテレビで源義経と弁慶の話を知ったわけですよ。そのドラマが凄く…、いまだに録画したのを観ると同じシーンで泣いちゃうんですけどね(笑)。それ位大好きなドラマで、弁慶を中村吉右衛門さんがやってて、弁慶が立ち往生するシーンとか、義経と静の別れのシーンとか、全部が子供心にインプットされて」

 ちなみにこのドラマはNHKで1986年に放映され『武蔵坊弁慶』の事。中村吉右衛門初の連続テレビドラマ主演作です。

川嶋「ハマりましたね〜。あんな良いドラマ、今、無いです(断言)。それが残ってたんですかね。だって急に琵琶って思わないでしょ」

 急にでなくたって琵琶とは思わないものである、普通の女優志望の女の子は。

川嶋「静御前(麻生祐未)が鎌倉に囚われて、義経(川野太郎)への想いを笛に託すシーンがあるんです。それがずっと残ってて、役者で悩んでた時に日本のものを身に付けようと思って笛を始めるんです」

 静御前が心を音色に託したように、自身も音色に託したい事が沢山あったようで。

川嶋「カッコいい〜と思って。こりゃ笛だと(笑)」

 ずいぶんな勢いだけれど、新しい事を始めるのは閉塞感を打ち破るのに良いという好例。

川嶋「あと(笛を吹く)人間のフォルムが好きなんですよね。それで笛を習おうと。三味線とかヤだったんですよ。お芝居やってる人で、いっぱい習ってる人いるから」

 一々行動をヒネる。ヒネりの神様(そんなのが居ればの話だが)は、そんな川嶋さんを見逃さなかった。

川嶋「またこれが不思議なんですけど。笛をやっていて、教則本を見ている段階、『ずいずいずっころばし』しか吹けない段階…、それでも自分では楽しく通ってたんですよ。そしたらある日、笛の先生が『あなたは役者さんなんだから、何か人に負けない特技を身に付けたらいかがですか?』って言ったんですよ」

 正論ですね。

川嶋「え?あたし笛やってるじゃんって(笑)」

 そうですね。

川嶋「折角だから声を使いたいですって先生に言ったら浪曲に美太夫もありますよ、と。でも何かピンとこなくて。そこにきて二十歳の頃を思い出して、琵琶だったら興味あるんですけどって先生に言ったら、琵琶だったらいい先生知ってますよ、紹介しましょう」

 こうして紹介されたのが鶴田流岩佐鶴丈(いわさかくじょう)師であった。

川嶋「だから、何であのとき笛の先生がそう言ったのかは全然分んないです」

 運命、なんて言葉は安っぽく使うものではないけれど、縁をいうものはやっぱりあるのでしょう。とはいえ、直ぐに琵琶を志したという事でもないらしい。

川嶋「笛の先生に紹介されて行ったんですけど、その時お金も無かったし、自分の公演で忙しくて、直ぐに琵琶を始めようとはならなかったんですね」

 ではきっかけは?

川嶋「このまま役者やってても、きっとどこにも行けないっていう不安が押し寄せてきて。25か26の誕生日の日に、なぜか、私琵琶やる、って。琵琶をやろうって心に決めたんですね」

 誕生日プレゼント(誰からの?)だったのかも知れない。


撮影/スズキマサミ 2008年2月15日 下北沢 北澤八幡神社 参集殿

川嶋「始めるからには、これだけは絶対に続けようって決めた覚えがあります。それで先生に付いたんですけど、初めの頃はモノになるかも分らないから役者も平行して、習い事としてやってたんですけど」

 琵琶一本に絞ったのはどうして?

川嶋「中途半端なのが一番嫌なので。一つの道を究めた人が色々やるのは自由ですけど、そうじゃない人がアレやコレやでやってたら何者なんだって話になるので、どっちみち選ばなきゃいけないなっていう気持ちはありましたね」

 決断のきっかけは?

川嶋「人に相談すると、別に無理して決める事無いんじゃないか、その内決めなきゃならない日が来るからって言われて…、そうでした(笑)」

 川嶋さんにとって、決めなきゃならない日とは現在拠点にしている谷根千(谷中・根津・千駄木エリア)に引っ越してきた時であった。

川嶋「絶対にこれでやっていくって思ったんですよね。それまではまだ芝居への未練はありましたね」

 
 琵琶の代名詞の一つである平家琵琶は琵琶法師という流浪の藝能者によって演じられてきた歴史がある。川嶋さんは拠点を決め、心が決めた。
 小沢昭一言う所の放浪芸ではなく、自分が生活する場から発するスタイルはやがて「谷中琵琶Style」という名を得て実を結ぶ事になるのです。
 次回は今の川嶋さんと、これからの川嶋さん、そして琵琶について伺います。
 ではまた来週お会いしましょう。

 

★川嶋信子HP
 http://blogs.yahoo.co.jp/ken55ken1010