★演者に訊く 2009年4月
ゲスト
「琵琶奏者・川嶋信子」


【全3回 其の3

 この稿が掲載される頃には谷中琵琶Style Vol.5 「巡〜めぐる〜」も盛況裡にお開きとなったあとで御座いましょう。あのライブに行って、それがきっかけで藝能往來にいらして下さる方が居ればうれしい事で御座います。
 近いうちに川嶋さんの琵琶と、私の活動写真で共演しましょう、なんてな事も話しております、私から一方的に。
 実現の暁には是非ともお運び下さいましね。

 さて、川嶋さんの回も3回目、最終回でありまする。女優になる夢を旨に上京した川嶋さんでしたが、自分の表現を模索するうちに琵琶と出合いました。それは劇的な、衝撃の出合いではなく、むしろ静かに導かれるような出合いだったのです。
 そして現在の生活の場であり、活動拠点である谷根千地域に引っ越したのを期に、いよいよ琵琶一本で生きてゆく事になるのです

川嶋「私、根津におじいちゃんとおばあちゃんのお墓があるんですよ。この辺はお墓参りに来てたんですよ。昔は何も思わなかったんですけど、30周辺になって、凄く落ち着くっていうか、心惹かれるものがあって」

 ある時期を境に、気付かなかった魅力に目が行くようになる。年齢を重ねる喜びかもしれない。

川嶋「さらに谷中で人力俥をやってる彼等が、『この町は凄くいい町だよ、芸事に理解ある人が沢山居るから引っ越してくればいいじゃん』って言ったのもあるんですね」

 芸事に理解のある町って中々無いのです。

川嶋「作戦といったらあざといんですけど、あたしが琵琶をやるってだけでは、絶対に人は付いてこないって思ったんですね」

 バックボーンがある訳ではなく、単身飛び込んだ形というわけ。

川嶋「町と共に、っていう価値観でやれば何とかなるんじゃないかなっていうのがありましたね。そしたらお蔭さまで…。ただ活動してただけだったら、今のようにはならなかったと思います」

 ご両親が転勤族であり、役者になってからも特定の劇団に長期間属していた事が無かった川嶋さんが、腰を据える場所に出会った。そして谷中琵琶Style(川嶋信子と久保田晶子による琵琶ユニット)の結成となる。

川嶋「結成は3年前(2006年)の春ですね。若手なんですけど、今の自分に出来る事をやるしかない、と」

 芝居の世界にいた川嶋さんには演出の視点が強くあったし、琵琶の魅力を伝えるにも演出の必要性も感じていた。

川嶋「この辺は桜が綺麗なので、そうだ桜の時期にやろうと、その年の年明けに思ったんです。でも1時間半、一人じゃもたないと思って誰かを誘おうと思って。役者の友達とやろうかと考えたんですけど、私は琵琶を色んな人に知ってほしいんだからビワビワでいこうと(笑)」
 
 余談だが、先日のライブでは枇杷茶を配っていた。ビワビワビワである。閑話休題。

川嶋「その時に久保田(晶子)さんがいて、師匠同士が仲良くて、彼女の実力とか、姿勢とか知ってたんで誘ってみようと。それからですね」

 琵琶の世界の師弟関係はどんな形なのでしょう?

川嶋「お習い事ですよね。稽古つけて頂いて、頑張る人は上達するみたいな」

 上達したら自力でやっていく、というような社会?

川嶋「それも先生のタイプですね。私の先生も久保田の先生も自由にやらしてくれる先生なんですよ」

 師匠によっては、ある程度の技術になるまでは人前で演奏する事を許さない、という事もあるのでしょう。芸界では珍しい事でも無いし、どちらが正しい訳でもないけれど。

川嶋「ウチの流派の鶴田流を創設した鶴田錦史(つるたきんし)という方が、琵琶の革命児と言われて、武満徹さんと組んで色々やった、琵琶で新しい事をやりたいという方だったんです」

新しい試みを認める流派に身を置けたからこそ、自由な活動が出来ているのも縁なのかもしれない。

川嶋「それを思うと不思議ですね」

 現在の琵琶奏者は何人位いるんでしょう?

川嶋「分んない(笑)。数十人しかいないですよね。先生として生活なさってる方と、演奏者として生活なさってる方がいますよね」

 どちらが多いですか?

川嶋「先生の方が圧倒的に多いと思います」

 これまた芸界にはよくあるスタイルなのです。アタシなんぞすぐ人前に出たくなっちまうので無理ですが。

 この後、新しい人材を育てる必要性について若手芸人2人でしばし熱弁を交わしますが、公にするとアレな発言もちらっと…(主に私の発言)。であるからして非公開。でも、やりたい事は沢山ある。

川嶋「琵琶で舞台をつくりたいです。アートとか照明とかもトータルで、琵琶が添え物ではなくて琵琶がメインの舞台作品、つくりたいです」

 谷中琵琶Styleのライブでは、その萌芽が見えた気がしたのです。

川嶋「邦楽の舞台とか観に行って、何で演出家とか居ないんだろう、ナンデ?!って思って。それをウチの先生に熱く言ったら『川嶋さんがその内やれば』って言われて(笑)」

 もっともなご意見。

川嶋「凄いあっさりと」

 では最後に琵琶の魅力について。

川嶋「日本の芸が言葉ありきだから、三味線よりも琴よりもずっと前から、それを受け継いでいて、それだけでも知って欲しいですね。きっと琵琶の音色って、何か懐かしいとか、絶対に日本人だったら琴線に触れる物を持ってると思うんですよ」

 一度触れてみない事には勿体ない。

川嶋「知らないのはあまりにも、悲しいかな、と(笑)」

 インタビューの後、川嶋さんと谷中銀座を少し歩いた。町の人と挨拶を交わしながら、時に自分の会の宣伝もする川嶋さんはもはや谷中に溶け込んでいた。
 琵琶という、それはそれは古い楽器に、新しい活力を吹き込んでゆくのには、この町の息吹が与える力もあるのかも知れないと思った次第


 4月28日 谷中琵琶Style Vol.5 「巡〜めぐる〜」 求道会館求道会館にて

★川嶋信子HP
 http://blogs.yahoo.co.jp/ken55ken1010