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★演者に訊く 【全3回 其の1】
近頃世情ではタレントの薬物問題が大変話題になっております。O氏であったり、S氏であったり。もうネタも尽きたかな、と思うとまた新しい人が捕まったり…。 今回取材させていただいたのは江戸太神楽(えどだいかぐら)の仙若(せんわか)さんと、花仙(かせん)さんのお二人です。
仙若 花仙
●太神楽 出合いと入門 古典藝能の世界に居る若手は「なぜこの世界に飛び込んだの?」と聞かれる事にウンザリしているものなのである。でもやっぱり質問はそこから始まってしまいます。 仙若「聞かれた方が原点忘れないで良いですよね。時々、なんでやってるんだろう?っていう……(笑)」 その言葉、今度から私も使わしてもらおう。では改めて伺います。どうして太神楽の世界に飛び込んだのでしょう? 仙若「元々役者をやっていて、’97年から’98年に日本の伝統芸能を素材に、ウィーンに在住している演出家が『YUME』という舞台を演出しましてドイツ語圏を29箇所半年かけて回ったんです。僕も役者として出てまして、それに親方(丸一仙翁)も出てたんですよ。それが僕自身の太神楽との出会いだったんです。公演で回ってる間、傘を廻す曲芸を面白半分でやってたら憶えたりして。帰国してから親方の所に顔を出したりしてたんです」 日本の伝統芸能との出会いはドイツだった。 仙若「ドイツの役者さん達と話をすると『能の世阿弥(ぜあみ)を知ってるか』とか、『花伝書(かでんしょ)を読んだことあるか』とか質問攻めにあったんですけど、全然分かんなかったんですよ。それが恥ずかしくて勉強しなきゃなっていうのもあったんですよ。あと、僕は何の芝居をやりたいかなって考えた時に本を読んだら、日本では芝居の原点は神楽だったんです。で、太神楽は神楽が付くというのもあって、興味があったんです」 そこに親方が現れた。仙若さん29歳の時である。初めて師匠の藝に触れた感想は憶えていますか? 仙若「短い持ち時間の間でも1つの作品になってる気がしまして、ストーリーを感じたんですよね。僕らが10人、20人で一所懸命お芝居をするんですけど、親方は1人で10分弱のショーだったんですよ。でも親方が一番ウケてたかも知れない位。完成されてるんですよ。親方は子供の頃からやってますし、僕らみたいに演じるっていう感じではないんですよね。染み付いたものが舞台で出されて、お客さんもそれを安心して観ている感じがして、こういうものを僕も作れるようになりたいって思う様になったんですよね」
そして入門。 仙若「日本に帰ってきて、親方の所に顔を出している内に面白くてどんどんハマって。親方としては若手に入って貰いたい気持ちもあったと思うんですよ。僕も本気でやろうかどうしようか悩んでいる時期に名前は付けられました(笑)」 花仙「あっけないですよね。びっくりします、本当に」 仙若「そういうところが親方ならではというか。そうやって親しみを持って、好きになって貰えれば良いなっていうのが親方の中にあるんでしょうね。勿論、誰でも彼でもって訳じゃないですけど」 かくして仙若さんは誕生した。 仙若「(『YUME』で)若侍の役だったんで仙若なんですけどね」 なるほどあっけない感じです。 花仙「OLをしてたんですけど、親方のカルチャースクールがたまたま資格やお稽古の情報が載ってる雑誌『ケイコとマナブ』に載ってて(笑)」 伝統芸能の入り口も多様化したと強く感じた瞬間でした。 花仙「最初はジャグリングとかパントマイムをやりたくて探してたんですけど、みんな池袋とか新宿とかで…。繁華街嫌だったんですね。それで後ろページに大道芸っていうのがあって、江戸太神楽が載ってたんですよ。江戸太神楽って何だか分からなかったんですけど、大道芸って書いてあったからとりあえず申し込みに行って……」 仙若「最悪だよ(笑)」
花仙「教室に行って初めて太神楽が何だか知って、とりあえず傘廻しを教えて貰ったら、あまりにも楽しくて1年5ヵ月習ってたんです」 でもカルチャーセンターから伝統芸能のプロになる人は珍しいのでは? 花仙「基本、稽古とか大ッ嫌いなんですけど、見せる機会も無いのに、太神楽の練習だけは会社から帰ってきてから夜な夜な1人でやってたんですよ。これは(太神楽が)スッゴイ好きなんだなって思って、あまりにも好きになりすぎて会社を辞めて入門しちゃった感じです」 退職の理由が太神楽では会社の方もびっくりしたでしょうねぇ。 花仙「親方にもキレイな身になってから、入門させて下さいって言おうと思って(笑)」 仙若「どんだけ汚れた仕事してたんだよ」 花仙「普通の印刷屋さんで働いてたんです。入門を駄目だ、って言われた時に逃げ道があるとよくないと思ったんですよ。それできれいさっぱり仕事も辞めて、入門するにあたってお父さんとの約束もあったんで、それを全て果たして行こうと思ってたんです」 ちなみに約束とは、車の免許を取る事だったそう。 花仙「もしも入門をダメだって言われたら、お家の前で正座して待ってる位の気分でドキドキしながら、入門させて下さい!って言ったら、あっさり『うん良いよ』って(笑)。超びっくり」 仙若「親方が『花が挨拶来るって言うんだよ。入る気満々だよ、どうする?』ってメンバーに相談してた」 花仙「話があります、って親方に言ってましたから」 弟子入りか、さもなきゃ愛の告白かどっちかしか考えられないシチュエーションである。花仙さん24歳の時でした。
仙若「獅子舞の後ろを持つという事と、傘の上で鞠(まり)を廻すという事を、まずやらされました」 仙若「それぞれで全く違うんですけど、僕は『YUME』の半年間、実質3〜4ヶ月で廻るようになりました。それを人前でやれるかは別として、とりあえず廻せるという状況ですね」 花仙「普通に廻せるだけで私は半年以上かかりました。でも私はカルチャースクールでやってたので、入門して1週間で着物の着方も分からないのに、お前仕事に行ってこい、って言われました」 スパルタ教育というか、何というか。 花仙「それも親方の優しさなんですけどね」 失敗はありました? 花仙「入門当初、上野公園に大道芸でしょちゅう行かして貰ってたんですけど、1日で3個傘で廻すお茶碗を割った事があります。それで毎日のようにウロウロしてるおじさん達がいるんですよ。落とさなくなったら『今日はツマんなかったな〜』って(笑)」 仙若「僕じゃないんですけど、やってる最中に帯が落ちて着物がはだけて、お客さんゲラゲラ笑って。やってる本人はウケてると勘違いしたりとか」 失敗をしながら親方に近づいてゆくんですね。
●太神楽ってどんな藝能なのでせう? さて太神楽ですが、どうして太い神楽と書くんでしょう? 花仙「いろんな説がありますよね。親方が言ってるのは、最初は代神楽で神に代わって楽しませるで代神楽だった。もういっこ聞いたのは、親方から聞いたんじゃないんですけど、本当は大神楽だったんだけど、大きいじゃおこがましいから点を付けた…」 仙若「リアリティないなぁ〜、でもそうだったりして・・・」 一歩間違えれば犬神楽だったという事になる。 仙若「太神楽は大きく分けると江戸と、水戸と、伊勢にあるんですけど、それぞれが主張したいというのがあったのではと聞いたことがあります。江戸が使った太いという字は、太子とか美称の意味で使うじゃないですか。それで江戸は太いになったのではと本で読んだことがあります」 皆さんも「だいかぐら」と打ち込んで変換してみて頂きたい。どれが出てくるかお楽しみである。 仙若「江戸時代に伊勢神宮、熱田神宮の神官が獅子頭を持って、お参りに来られない人達の為に出張したというのが始まりらしいんです。それで江戸を回っているうちにやがて江戸に住み着いたのが江戸太神楽。ちなみに江戸太神楽は熱田派の人達が伝えたものと言われてます」
曲芸はどういった位置になるのですか? 仙若「余興として曲芸が付いたと聞いています。散楽という平安時代から伝わる曲芸が基本になってるようですね。ただやっぱり太神楽は獅子舞が本藝でして、御神体として獅子舞を持ってお払いをして廻ったんです」 花仙「出張神社です」 中国にも獅子舞の様なものがありますが、やはりあちらがルーツ? 仙若「そうみたいですね」 沖縄は? 仙若「沖縄でやってる獅子フェスティバルっていうのが、それこそありまして。沖縄にある色んな獅子舞が集合するんですよ。そこに東京の獅子舞として行った事があるんですけど、(沖縄は)中国っぽくて派手なんですよ。爆竹ならしたり、アクロバットがあったりして。闘牛場みたいな所があって、そこで派手にやるんです。そこで僕らがストイックな獅子舞を(笑)」 ちなみに東北は? 仙若「ありますね。太〃神楽(だいだいかぐら)っていうのもありまして、その土地土地で違うんで分からないんですけど、太神楽が廻って行って、土地の方がそれを基に残したものも結構あるみたいなんです。先日会津のお祭りに行った時、音金神楽というのを拝見したんですけど獅子舞は江戸太神楽の舞いとすっごく似てました」 地歌舞伎のようなもの? 仙若「そうですね」 花仙「でも時々(獅子舞の)顔とかも全然違ってたりしますよね・・・全国にはホントに色んな神楽があります」 ちょっとお勉強っぽくなってしましました。現代流に考えれば伊勢神宮、熱田神宮が本店で、太神楽は直営店もしくはデリバリーサービス、地元に根付いた太神楽はフランチャイズといった感じでしょうか。
撮影・スズキマサミ
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