★演者に訊く 2009年12月
ゲスト
「声優・江上リノ、酒井相一郎」


【全3回 其の3

 お陰さまで無事にクロアチアから帰ってまいりました。あちらで日本語の先生をしている方と会ったのですが、ザグレブでは日本語を習いたいというクロアチア人が結構居るらしく、日本語教師は大忙しなのだとか。
 そんな日本語を勉強中のクロアチアの方も私の公演に何人か来てくれていたようで、これをきっかけにクロアチア人弁士が誕生したら面白いな、などと思っております。そういえば昨年行ったドイツでも、ドイツ人が日本の声優になりたいと言っていました。
 ただ意味を伝えるだけでなく、演技表現が出来るほどに言葉を習得するのは並大抵の事ではありませんが、いずれヨーロッパ人の声優も弁士も登場する日が来るのではないかと思います。
 ちなみに日本語を教えるにあたって困る事は、生徒がマンガで日本語を覚えてきてしまう事だそうです。なんでも先生に対して「だからさぁ」とか言うそうな。何によらず、基礎だけはキチンと学んでおいたほうが良いのかもしれませんね。

 さあ、それではそんな具合に世界からも熱い視線を浴びている職業・声優の江上リノさんと酒井相一郎さんのインタビュー最終回です。


●声優としての自己表現

 現代は声優でない俳優やタレントが声優をやったり、新人が増え続けたりと過酷な競争社会の声優業界。当然個性のアピールは必須なのだと思いますが、声優としてのアピールとは?

江上「そこが舞台と違うところで、声質とか声での演じ方とか」

 声優としての演技力は他業種とは別物?

江上「近石真介さん(初代・フグ田マスオを演じるなどテレビ創世記から活躍するベテラン声優)が同じ劇団で、私が養成所の生徒だったとき先生だったんです。その時、舞台と声の演技は違うから絶対そこは勘違いしないようにね、って言われてて」

 という事は勘違いしてしまっている人がそれなりに居るという事なのかもしれませんね。

江上「芝居はやり分けなきゃ駄目だよって」

 声のみで演じる難しさがそこにある。

江上「声幅も影響したりとか。あと無理なものは無理ですよね、声質が違うキャラとか」

 もって生まれたもの勝負になってしまう?

江上「(どんな役を演じるかという点においては)そういう所が大きいと思います。後は自分で得たテクニックをどう駆使していくかですね。舞台の表現力もその一つです」

江上リノ

 私の知人で以前大手の声優事務所のマネージャーをしていた人は、顔つき(=骨格)を向いている役柄の判断材料にしていた。声とはつくづく才能なのだ。
 では声質も含め、声優として自分の武器は何だと思いますか?

江上「声優さんが舞台に出ると、一人芝居になってしまう人がいるんです。皆で一緒に演技をする機会が舞台役者に比べると少ないんです」

 ゲームは一人で演技を収録して、あとからそれぞれの演技を組み合わせて作品に仕上げてゆく。

江上「私は向こうがくれた物(演技の感情)を受け取って、色んな人に返してあげるっていうのが楽に出来るのが武器じゃないかなって思いますね」

 ではここまで沈黙していた酒井さんの武器は?

酒井「芝居で、ですよね?」

 それ以外でも良いんですが、声優として。

酒井「使う側から見たら、新人のうちは誰でも良いんだろうと僕は思っていて、芝居は最低限の事が出来たうえで、その後の会話というか人間関係が印象に残るようにしたいなと思ってます(笑)」

 結構したたかですね。印象に残るような会話とは?

酒井「……。そう言われると難しいですね(笑)。礼儀正しいとか」

 でも礼儀正しい人は幾らでもいますよね。

酒井「外見に気を付けてます。そういえばカッコつけてた奴いたじゃん、あいつにしようぜ、って言って貰えるような」

 『人は見た目が9割』という本が以前随分売れましたっけね。

酒井「新人のうちは色んな役が出来るようにしてます。老け役をやる人が少ないっていうのを聞くんで、そこを強くしていきたいですね」

酒井相一郎

●声優とは?声とは?

 やはり声優である以上、どん声かは重要な問題のようですが、でも声優でなくとも落語家だって声で演技をする。ナレーターだって声で表現する。そんな中で声優が声優である理由とはなんだと思いますか?

江上「声と息だけで芝居しなきゃいけない。それって結構経験積んでいかないと出来ないですよね」

酒井「ポエムチックなんですけど(笑)、思い出に残れる仕事だなって。小さい所からちょっと現実とは違う夢のお手伝いが出来る仕事?」

 酒井氏、上手くまとめようとして却って混乱してしまったらしい。でもニュアンスは分かる。
 今回のインタビューで飽きる程出てきた「声」という文字。そもそも声とは何なんでしょうか?

江上「人と、人が接するのに使う手段というか、思いを届けるのに使う手段ですよね。たとえば言葉にしなくても、声の高低でその時の気持を相手に伝えられるし」

 酒井氏、思い詰めたように考えている。

酒井「声とはなにか……。難しいですね」

 では考えている間に、弁士としての私の考えを発表しておきます。
 言語の前提として声は存在していたのは間違いない。何かを他者に伝えたと思ったときに人間は声を用いた、さらに詳細になにかを伝えたくなって言語を発明した。つまり声とは意思や思考を具体化する為の装置なのだと思うのです。
 以上、良い子ぶった答えでした。

江上「声とは、声優の顔なんです」

 上手い事考えましたね(笑)

酒井「よそ行きの顔もあれば、家での顔もあるし、化粧をする時もありますし」

 でも最後には自分でしかない。

酒井「正直言うと分かんないです。分かんないに尽きる、だから面白い。だって良い声だと思った声が良くなく聞こえたりもするし、全然駄目だと思った時に良いね、って言われたりもするし」

 他者の目(この場合は耳かもしれない)に触れながら変化してゆく。

酒井「それも含めて顔かな」

 声優は藝能としての歴史は浅い。テレビ誕生以降の藝といって差し支えないでしょう。故に、これが声優だ!というような概念が固まっていないのではないのでしょう。何しろ声優という職業が誕生した頃の方がまだ現役なのですから。
今回お話を聞いていて感じたのは、江上さん・酒井さん共に、やや迷いながらこちらの質問に答えてくれた場面が多かったという事。おそらくそれは自分の職業である声優とはなんなのかを模索している迷いだったのではないかと思います。この種の迷いは古典藝能の方にインタビューした時にはあまり生じないのです。
ちなみに前回のインタビューで話題に挙がった、秋葉原にある声優さんを目指す女の子達が接客をするらしいカフェ(声優のたまご、というお店)にも取材申し込みメールを送ってみたのですが、残念ながら取材は実現しませんでした。
そこでこっそり客として行ってみました、私。そこには確かに声優になりたい、そして既に声優事務所に繋がる劇団で演技の勉強をしている女の子が働いておりました。彼女たちは秋葉原等のライブハウスで行われるライブにも積極的に出演し、また時には店内にあるラジオブースからWebラジオを発信しているそうです。
このお店の是非は、ここから本当にプロの声優が輩出されるかという、分かりやすい結果で問われてゆくのでしょう。

 声優とは何か?この問いの答えは、お二人やそれに続く世代の声優さん達が見つけてゆくのかもしれません。

 謝辞・今回のインタビューにあたっては声優事務所イエローテイル様の多大なるご協力を頂きました。ここに御礼申し上げます。


<年末のご挨拶> 早いもので、もう今年も終わりです。本年は声楽家・薩摩琵琶奏者・似顔絵師・ストリッパー・江戸太神楽・声優という藝能者に演者パートではご登場頂きました。
そして裏方パートでは舞台音響・劇団・落語カフェ代表・新文芸坐支配人の皆様にお話を伺いました。
ご協力頂いた皆様、そして本連載を読んで下さっている皆様にお礼申し上げます。
手探りで始めた藝能往來ですが、回を重ねるごとに形を整えつつあります。幾つものインタビューから藝能のプロの姿を浮かび上がらせる事が、現在のところ私の目標です。
さて藝能往來で次回お話を伺うのは、プロの姿を追う意味で重要な役割を果たしてくれるであろう立川長四楼さんです。彼は12月15日に初講座を終えたばかり、つまり藝能の世界に足を踏み込んだばかりなのですが、何と驚くなかれ47歳にして立川談四楼師匠に入門し、目下前座修行中なのです。
人をそこまでかき立ててしまう藝能の魅力とは何なのかを聞いてみたいと思っています。

来年も何卒よろしくお願いいたします。

 

 撮影・スズキマサミ