★演者に訊く 2010年1月
ゲスト
(史上最年長入門)落語家・立川長四楼」


【全3回 其の3

 昨年の忌野清志郎やマイケル・ジャクソンあたりから、一時代を築いた方、ある業界を代表する方の訃報が続いているような気がします。
 こう著名人が続けて亡くなると、時代の変り目なのかな、とも思ってしまうのですが、実際はただの偶然にしか過ぎないんでありましょうね。
偉大な先人が居なくなってしまう損失はとても大きい、それは間違いないことです。しかし、世代交代はチャンスであるのも事実です。だからこそ我々は常に勉強したり、稽古したりして力を蓄えておかなければならないのでしょう。
 勿論、今回お話を伺っている立川長四楼さんも未来へ向けて力をつけるべく日々奮闘努力しているのです。長四楼さんの思い描く未来の落語とはどんなものなのでしょうか。

立川長四楼

●社会人から落語家へ

 落語家になる前に20年以上サラリーマンとして勤めをこなしてきた長四楼さんですが、会社員経験のメリットというのはあるんでしょうか?

長四楼「落語家として生きていく上で、メリットは一割位しかないと思うんです。邪魔な部分の方が多いですね」

 邪魔な部分とは?

長四楼「プライドです。ある意味、自分は(営業職の)プロからプロになった訳です。今までのプロの部分をどれだけ捨てられるかというと、いくら綺麗事言ってもプライドが邪魔しちゃうんですよ。人間ですんで」

 では一割のメリットは?

長四楼「落語をやるという部分では、もしかしたら落語の世界しか知らない人よりはメリットがあるのかなと思いますね。例えばプレゼンという言葉を高座で使ったとするじゃないですか」

 リアリティが違いますね。

長四楼「多分ビジネスマンの人はドヒャッとくると思うんですよね。そういう部分は、一般社会を経験した事のメリットかもしれないですよね」

 そういうネタが完成してしまえば企業系の仕事は一手販売かもしれない。なにしろ長四楼さん、下っ端には見えないのだから強い。
 ちなみに秋田弁で落語は出来るんですか?

長四楼「素人時代にはやってました。ただあまりにも訛りすぎて、何を言ってるのかお客さんが分からなかった(笑)」

 ゆくゆくは秋田が大きなお得意様になるかもしれませんね。

長四楼「ただ怖いのは、東京弁では普通なんだけど、秋田弁では同じ音で凄い卑猥な言葉があるんですね。がんもどきを詰めて、がんもって言うじゃないですが、あれ秋田弁では男性自身になっちゃうんです」

 江戸落語が下ネタになっちゃ困りますね。とはいえ故郷と社会人経験、武器がふたつある。

長四楼「それをいつ出していいのか、という不安はあります」

 前座という立場の難しい所かもしれませんが、プロならではの悩みとも言えますね。苦労も含め、落語家になった喜びを感じたりはしますか?

長四楼「後悔してます(笑)」

 どの業界でも言いますね、この冗談。

長四楼「入門するって言った時、女房は『就職先も探しといた方が良いよ〜』なんていってましたけどね。以前会社辞めて就職探してた時代、50社落ちましたもん。やっぱ人間辞めたくなりましたね。今までやってきた事を全部否定されるんですよ」

 その結果が立川長四楼なんですね。

長四楼「一般社会も藝人と同じなんですよ。35歳までに結果出さないと首切られちゃうんです。僕は45で早期退職しました。人としてこんな所いたってしょうがないって思っちゃいますよ」

 能力以前の学歴に追い抜かれた屈辱。

長四楼「いくら地位じゃない金だといっても、男というのは年相応の地位が欲しいですよ」

立川長四楼


●どんな落語家になりたい?

 これからの落語界には長四楼さんのような、ある程度以上の年齢で入門してくる人は増えると思いますか?それとも自分だけ?

長四楼「弟子入りをするという行為よりも、バンドなんかも一緒だと思うんですけど、素人が力つけてくるとお金を取れるようになると思うんですね」

 では弟子入りはしない?

長四楼「私がニツ目なり、真打ちなりで成功していれば入門する人がいるかもしれません。でも(私が)辞めてたら、多分そういう考えを持つ人はいないと思うんです」

 長四楼さんの存在が一つの試金石になっているのかもしれない。

長四楼「最近、落語会の前座にプロではなく素人が出る公演形態が、かなりウケてるんですよね。入門すると色んな制約があるなら、素人として露出してお客を掴めば飯食っていけるだろう、という考えも出てくると思うんですよね」

 けれどセミプロの可能性を感じつつ、それに飽き足らなくなって長四楼さんは入門を決意したんですよね?

長四楼「そうですね」

 多くのアマチュアも長四楼さんのように、結果としてプロを目指してしまうのでは?

長四楼「セミプロにメディアが目を付けた時にどうなるかですよね。素人の落語家さんで、癌を克服された方が本を出したりする時代じゃないですか」

 長四楼さんの言っている本とは『いのちの落語』(樋口強・著、文藝春秋 刊)のこと。高座を録音したCDも付いている。また某大学の落語研究会が出したCDも中々売れ行きが良いそうだ。

長四楼「そういったものがチョコチョコ出てきていて、誰かが興行として成立させたら別の組織が出来ちゃうような気がするんですよね。今は若い子達が吉本の藝人になる方に目が行ってるかもしれない。彼らが真剣に落語に取り組んだら、ちょっと怖い部分もあるし、魅力的な市場になるんじゃないかという部分もありますね」

 落語はこれから発見されるもの?

長四楼「歴女ってのが流行ってきてるじゃないですか」

 歴史や戦国武将が大好きな女の子ですね。

長四楼「誰も見向きもしなかった物が、ちょっと今っぽい。どこにどう風が吹くか分からないんです。特に落語は古典として出来上がっている噺(はなし)が一杯ある。それをちゃんと覚えて演じれば素人の入る余地はあるんですよね」

 では長四楼さんにとってプロとアマチュアを分けるものとは?

長四楼「たかが藝であって、されど藝であると言うじゃないですか。やっぱり来たお客さんが幸せな気持ちで帰る事が全て。お客様が来て良かったと思える藝があればプロもアマもないんじゃないですかね」

 すると根本的な差はない?

長四楼「プロというのはお金を取っていい。アマチュアは(お客さんが)お金を払いたいと言って、初めてお金を貰える。そこの垣根を取るのはお客様じゃないですかね……」

 確かに音楽の世界では楽譜も読めないアイドル歌手がCDを出してプロとして成立している。観客が選択すればプロの定義は変わってしまうのは確かだ。

長四楼「路上でギター弾いてる若者が落語始めたらどうなるんだろうって思いはありますね」

 10年、20年経って、長四楼さんが真打ちになった時にそういったアマチュア落語家と一緒にやりたいと思いますか?

長四楼「思いますね。だから業界が許す立場にならなきゃいけないんですよね。もし自分が運よく一人でパフォーマンスを出来る立場になったら、素人コラボをやる破天荒な落語家になるかもしれません」

 そうなる為にも早く昇進しなければならない訳ですが、何年で真打ちになろう、というビジョンはありますか?

長四楼「技術的に許されるんであれば、明日にでもなりたいです。その為の努力は惜しまないつもりですし。上昇志向というよりは、早く自分の色を出せるようになりたいですね」

 何となく長四楼さんのなりたい落語家像であったり、藝のスタイルが見えてきた気がします。 
 では最後にもう何度も聞かれているでしょうし、これからも飽きるほど聞かれるであろう質問です。どうして落語家になったんですか?

長四楼「落語家って身分制度があって、屋号があって、少し閉鎖的な部分があって、ある程度社会的に認知されていて汎用性もあるじゃないですか。そこに身を投じて、伝統を継承しつつ、同時に破壊もしたら凄く面白いんじゃないかな、と思ったんですね」

 伝統を守る事、そして革新する事、落語には両方の可能性がまだまだある。

長四楼「明日死んでも悔いのない生き方をしたいな、と。俺にだって出来るんだぜっていう部分を見てもらいたい。それを見て誰かが、俺も何かやってみようかな、と思って貰えたら幸せかな……。カッコいいこと言っちゃってるんですけどね(笑)」

 

 今回のインタビューでは、前座という立場では発言しづらいであろう事も随分語って頂きました。今のまま一生変わらない意見もあるでしょうし、一年後には変わっているものもあるでしょう。変化の過程を見守るのは藝人を追いかける楽しみです。そして長四楼さんの過程は始まったばかりなのです。

 そして今回は特別に長四楼さんの師匠である立川談四楼師匠からコメントを頂きました。師匠の言葉で長四楼さんへのインタビューをお開きとさせて頂きましょう。

立川長四楼

立川談四楼(たてかわだんしろう)
1970年立川談志に入門。1983年真打昇進。同年、真打昇進試験を題材にした『屈折13年』(別冊文藝春秋)で文壇デビュー。
全国での落語会、講演なども行い。下北沢での定例独演会は167回を数える。小説・エッセィ・漫画原作など、著書は20冊以上に及ぶ。
オフィシャルHP「だんしろう商店」
http://danshirou.com/

 47歳になるのを待って入門をさせました。年齢のハンデを売りと考えた訳です。彼のキャッチコピーは「50で二ツ目、還暦で真打ち」です。師匠は弟子を真打ちにするまでが責任ですけれど、私もその頃までは、まぁ何とかもつだろうと思っています。
 落語協会では30歳以上の前座は採るなというお触れが出ているそうですが、それに対しての挑戦でもあります。若ければ良いというものではないでしょう。
 彼の藝に関してですが、落語になっています。隠居や大家が出来るんですね。実年齢に近いから安心して聴ける。そんな前座いませんから、これは大変な長所です。
 これで二ツ目になって羽織を着れば「真打ちになって何年ですか?」と言われるようになりますよ。だから根多(ネタ)を増やせと言っています。今のところ記憶力にも問題はありません。ただ人間は50を越えると忘却力というものが出てくるんですね。それがのさばりだした時にどうするか、ですね。
 サラリーマンを経験しただけあって気が利きます。けれど年齢的な面で身体がついて来ない。自分で気が付いていながら、身体が動かないので辛そうにはしていますが、あえてやらせています。
 そういう楽屋修行を経た者だけがプロなんですね。何故やらねばならないのかを考えるのではなく、身体で覚えなさいよ、というのが修行。現場で修行の意義について考えるのは一番無駄だという方向に考えが向かってくれれば良いのですが。
 私の顔を潰す潰さないはどうでもいいですから、自分の為に動いて貰いたいです。存在は面白いですし、見込みもあると思っています。
          <談・文責/片岡>。


撮影・スズキマサミ