★裏方に訊く 2010年3月
ゲスト
「けん玉師・伊藤佑介」


【全3回 其の2

 昔から興行の世界ではニッパチという言葉があります。どういう意味かと申しますと、2月と8月は集客が薄いので公演があまり上手くいかない、という事なのです。昔から言われているのですが、厳密にいつから言われているのかは分かりません。昭和初期には確実に言われております。江戸時代には言われていたのでしょうか。言われていたような気が致します。
 これ程までに生活様式が変わってなお、生き続ける言葉というのは的確に事実を捉えているのだと思われます。
 で、3月になると息を吹き返したように公演の案内が来ます。アレに出る、コレに来てくれ。身体もお金も持ちません、正直な話。浮世は義理の世ですから可能な限りは行きますけれど。
 ところでビジネスの世界にはニッパチに相当する言葉はあるのでしょうか?あったら是非教えて頂きたいと思う次第。

けん玉師・伊藤佑介

武蔵野けん玉クラブ

 

●けん玉師になって

 けん玉によるパフォーマンス、けん玉師を生業とする伊藤佑介さんにお話を伺っております。前回はけん玉師になるまでをお話頂きました。
 しかし、けん玉師でいきなり引く手あまたになるほど平成不況は甘くない。

伊藤「けん玉で生活しようとしても、どうやったら生活できるかも分からないんですよね。大学卒業して一年間バイトしている間にヘブンアーティストの資格を取って、そこからはバイトも辞めました」

 ヘブンアーティストは江戸太神楽の仙若・花仙さんの回でも話題になりましたが、都が運営する大道芸人のライセンス制度です。

伊藤バイトやってると生活費はギリギリ稼げるんです。けん玉師って名乗りたいなら、そこに頼ってちゃ駄目だと思ったんで、大道芸も多いときには月に20回位はやりましたね」

 行ける所はどこにでも行った。

伊藤「何もないときは、どにかく(パフォーマンスを)出来る場を求めてがむしゃらに。平日のお昼に日比谷公園に行くと、疲れたサラリーマンがベンチに2、3人とか(笑)。さすがにやれませんでしたね」

 パフォーマンスの場としてはしんどい空間ですね。

伊藤「大学の友達は今働いてるのに、自分は何してるんだろうって(笑)」

 藝人になった直後は誰もが苦しむ現実。けれどその後着実に公演数は伸びてゆく。

伊藤「けん玉教室が週に2回、あとは商業施設にお招きいただいてイベント出演であったり、パーティの余興であったり、トータルで年間250前後になるのかな、と思いますけれど」

 けん玉がパフォーマンスになる事を知らない人もまだまだ多いですよね。

伊藤「最初はマイナスから入ると思うんですよ。『えぇ?けん玉ぁ?』みたいな」

 けん玉を触った事は誰でもありますからね。

伊藤「ショーの最初に『それなら俺でも出来るよ』っていう声は必ず聞こえてきますね。なので最初の10〜20秒は耐え所なんですけど」

 でもそう言った人程、後でびっくりする構成になっている。その構成も試行錯誤しながら生まれた?

伊藤「最初の頃は『伊藤君のけん玉は競技だよね』って長い事言われてたので、そこはずっと悩んできた所ですね」

 競技に見えてしまうというのは?

伊藤「技の説明が多かったんですよね。次は○○という技で、とか」

 技術は凄いけど、ショーとしての面白みに欠けていた。

伊藤「他のジャンルの方を見ると、喋りであったり構成であったりが自分では敵わない位凄いんです。じゃあ何が自分の武器になるかっていうと技しかないんですよね。なので自分の個性を出すためにも技をバリバリやる構成にしてますね」

けん玉師・伊藤佑介

 短所を自覚しつつ、長所を徹底的に伸ばす事でショーとしての完成度を上げていったのが現在のスタイル。
 ちなみにけん玉の技の数というのは何種類あるんでしょう?

伊藤「けん玉協会発表では3万種類」

 サンマン!

伊藤「けん玉有段者が集い毎年1回、3日間のけん玉合宿が千葉の奥地で行われるんですけれど……」

 寝食忘れてけん玉に打ち込む訳ですね。

伊藤「カップラーメン持参みたいな(笑)。その3日間でやったのが8百種類位だったんですよ。しかし、中には技として呼べるのだろうかと言う技も何個かありました」

 例えば?

伊藤「大皿という代表的な技がありまして」

 伊藤さんの実演。ひょい、と玉を大きい方の受け皿に乗せる。

伊藤「前振り大皿とか」

 玉が前に向かって半円を描き大皿に乗る。

伊藤「大回転大皿とか」

 玉がぐるりと一回りして大皿に乗る。

伊藤「こういうのは技としてOKだなと思うんです」

 では技として疑問の方をお願いします。

伊藤「例えば……歩いて大皿とか(笑)。さらに言えば、座って大皿とか(笑)。これに近いような技もありましたので、ここはちょっと待てよと」

 技だって言った者勝ち。

伊藤「これが出来ちゃうと、他の小皿や中皿などでも歩いて、座ってと増えてしまいますよね。数え方の違いだな、と感じたんで協会発表3万種類の、僕が思うところで、大雑把ですけれど5千〜1万かなと思いますね」

 ご存じない方の為に解説。けん玉の皿は見比べると左右で大きさが違うのです。
 伊藤さんオリジナルの技を開発したりはしているんでしょうか?

伊藤「細かいテクニックが多いんですよ。ヘディングとかトラップとか」

 サッカーの技術をけん玉に取り入れている訳ですね。

伊藤「どこまでがオリジナルなのかは難しいですよね」

けん玉師・伊藤佑介

絡まって失敗……ではない。ヨーヨーの技「タングラー」を応用したオリジナル技なのです。

 

●受け継がれるけん玉

 前回、日野けん玉道場でけん玉を本格的に勉強したと仰ってましたが、伊藤さんにとってのけん玉の師匠はいらっしゃるんでしょうか?

伊藤「松永先生というんですけれど、けん玉発祥の地と謳っている長崎出身で、小学校の時にけん玉に夢中なってやられていようです」

 その方の就職先が日野社会教育センターだった。

伊藤「その施設が生涯学習が盛んで、習字とかダンスとか何でもあったんですけれど、その一環で松永先生が自分の趣味であり特技であったけん玉を活かして、日野けん玉道場を開設されたんです」

 師弟関係はどのようなものなのでしょう?

伊藤「藝に関しては独学なんですけれど、けん玉に関しては松永先生からしか教わらなかったので唯一の師匠ですね」

 鞄持ちといった様な関係性ではなかった。

伊藤「ではなかったですね。先生が老人ホームとか学校に廻る時に付いていってけん玉を披露して、ちょっと教えるという事はありましけれど」

 では、伊藤さんに弟子入り希望の方が現れたりはしますか?週に2回けん玉教室をされていると先程仰っていましたが。

伊藤「けん玉教室でやっているのは松永先生と私の関係ですね」

 パフォーマー伊藤佑介の弟子というよりは、けん玉教室の生徒さん。そこから藝人になる訳ではない。

伊藤「けん玉師としての活動のメインはパフォーマンスであって、子供達への普及は自分が好きでやっているので」

 

けん玉師・伊藤佑介

武蔵野けん玉クラブ

 

 子供達の反応は?

伊藤「習い事というよりは遊び感覚で来ているかな、っていう感じはあるんですけど(笑)。親は集中力や忍耐力を鍛える道具として、私も勿論そういう風に伝えていきたいと思っているので、遊び感覚でそういう部分を養えるようにして欲しいなと思ってるんです」

 そんな中から本気でけん玉師になりたいという子が出てくるかもしれませんね。

伊藤「自分がそうだったんですけれど、何を考えてもけん玉だったんですよね。他に道はあったんですけれど、それでも最終的にけん玉だったんです。もし弟子を採るのであれば、(その人には)自分はけん玉しかなかった、であって欲しいなと。あと10年、20年したら1人弟子を、と思っています」

 けん玉師の存在が広まれば、そういう方も出てくるでしょうね。

伊藤「本当に残念なんですけれど、自分の中で頂点に達せられないんですよ。なので託したいんですよね、今自分が考えている活動や技というのを」

 

けん玉師・伊藤佑介

けん玉教室で子供達が挑む技の数々

 当然の事ながら伊藤さんは現役バリバリのけん玉師であります。現在は出来ない事を、これから御自身の努力で達成してゆく部分も多々あるでしょう。それでも託したいと思う未来とは何なのか。
 次回はその辺りを伺いつつ、海外での公演やけん玉オモシロ話なども紹介してゆきたいと思います。

 

撮影・スズキマサミ
撮影協力・武蔵野けん玉クラブ