★裏方に訊く 2010年4月
ゲスト
「能楽師・佐久間二郎」


【全3回 其の2

 劇作家の井上ひさしさんがお亡くなりになりました。一般的に井上ひさしといえば『ひょっこりひょうたん島』という事になるのでしょうか。
 一度だけ講演を聴いたことがありますが、問題点を的確に、平易な言葉で語る話の運びはとても印象深い物でした。物事を深く語るのに無闇に難しい言葉を使うのではなく、聞き手読み手に理解しやすい言葉を選ぶ大切さを学ばせていただいた気がしております。
 藝能往來もその意気でいきたいものですが、さていかがで御座いましょうか?
 今回のインタビューは分かり易さを、特に気にしなければならないかもしれません。なにしろ数ある伝統芸能の中でも、能楽の歴史の長さは折り紙つきです。ちょっと分かり辛い話がエライ面白かったりするのです。困ったコマッタ。

能楽師・佐久間二郎

●素人から能楽師へ

 小学3年生で能楽師を志し、ついにプロの世界に入った佐久間さん。苦労も少なくなかった。

佐久間「何も出来なかったです。誰も教えてくれない、助けてくれない。そんな事言うと鬼の様に思われちゃうかもしれないけれど、そういう世界なんですね。師匠の稽古も月に2回あれば良いくらい。
 ただ師匠も仰るんですけど、藝は盗んで覚えろ、と。だから師匠が舞台で弟子の稽古している時には幕のそばから見たり、書き写したり」

 見習いとは教わるのではなく、見て学ぶから見習いなのだ、とは藝界ではよく言われる。

佐久間「何が分からなかったと言って、まず作法が分からなかったです。内弟子にいる以上はプロの一員として舞台に上がる訳ですけど、まず作法が分からなかったです。例えば座る位置とか、出入りの仕方とか。謡(うたい)も素人の謡い方と、玄人の謡い方の違いも分かんなかったです」

 それも教えて貰えない?

佐久間「諸先輩と一緒に謡うしかないんです。外せば怒られるし、黙ってれば謡えって言われるし(笑)。身体で覚えるしかないです。私は素人から来てますから、その時点で出遅れていたんですね」

 では、逆に素人だった事のメリットはあるんでしょうか?

佐久間「自分が趣味であった時間が長かったんですよね。なのでお客さんが何を観ようとしているとか、どんな事を思って能楽堂に足を運んでいるかなって事が分かっている気がします。
 今でも観客の視点を自分の中に感じる時があります。仇になる時もありますけどね。見せようとし過ぎてしまったり」

 素人の感覚が現在になって活きてきている。

佐久間「お客さんが喜べば何やったって良いんだっていうお客さん至上主義と、頑なに形式を守りすぎてがんじがらめの舞台至上主義に分けると、私はいいバランスの所に居る様に心がけてはいます。
 でもどっちタイプかっていうと、私は舞台至上主義なところがあるんですけどね(笑)」
 
 佐久間さんのように素人から能の世界に入ってきた方というのはどれ位いるんでしょうか?

佐久間「結構いると思います。同門で完全なる本職で能楽師をやっている者は25名位です。半数近くは普通の所から入門してます。大学のサークルから入ってくる人とかが多いですね。(能楽界)全体の人数はちょっと分かりませんけど」

 歌舞伎もそうですけれど、外から入れないと思っている人も結構多いですよね。

佐久間「いると思います。そうじゃないんですけどね。だから私も素人出身ですって事をアピールしてるんですけどね」

 では能楽師の総数は?

佐久間「私達の様に役者としてやっている人たちはシテ方(主役)として考えれば4〜500人。お囃子とか、おワキ(脇役)とか、狂言とか全員入れて、協会所属者は1000人位ですかね」


能楽師・佐久間二郎

演目「船弁慶(ふなべんけい)」

 

●現代の能

 新しい能を作る動きや、能をモチーフにした舞台作品はあるんでしょうか?

佐久間「ありますね。よろしいんじゃないですか、って感じですね(笑)。全部を否定するわけじゃないですけど、難しいですよね。
 私もやりたいっていう願望はあるんですよ。新しい創作能に係わらせて頂いたりもしてますし。ただその時に申し上げるんですけど、私は能しか出来ませんよ、それでよければどうぞ、と。
 例えば私が裸になって絶叫しろとか。それはできません(笑)」

 弁士も存在が面白いのか、たまに演劇に呼ばれます。

佐久間「『やってみませんか?』って、結構カマかけられるんですよ。その時に言うのは、リアルな芝居は捨てた人間だから、自分の中で戒めにしているから出来ません。私を使うんであれば能の本質を分かった上で使って下さい。それだったら幾らでも協力します、という事ですね」

 何となく能面がカッコいいから使いたいというお芝居も結構あるのでは?

佐久間「ありますよね……。でも私らが能舞台で現代劇やったら、普通のお芝居やってる人達、怒るでしょうね(笑)」

 世間一体にコラボレーションをするのが良い事のような風潮もありますね。その気風の中で能は魅力的な素材なんではないでしょうか。

佐久間「世阿弥(ぜあみ)の考えた物ですけれど、能の形式ってズバ抜けて凄いんですよ。それを今の芝居をやっている人達が目を付けないはずがないんですよ。そうすると『能のメソッドを』とか、すぐ言い出すじゃないですか。『現代の夢幻能を作りました』って。フザケンナって話じゃないですか(笑)。
 形式だけ入れて、能を捉えてますって踏ん反り返って言われてしまうとね」

 でも舞台人はどこか能に対して憧れてしまう感覚は持つものですね。

佐久間「檜舞台に上がるっていうのは、歌舞伎の方が作った言葉みたいですね。我々能楽師って檜の舞台ですよね。憧れなんですって」

 憧れといえば、佐久間さんにも能楽を習いに来ているお弟子さんがいらっしゃいますが、その方達は何を求めて稽古しているんでしょうか?

佐久間「分かり易いのは、単純に声を出したいとか、身体を動かしたいからっていう人と、高齢者の方で趣味が今までなくて、高尚な趣味を持ちたいという(笑)。
 ただ私達がお願いしたいのは、能を観るためにお稽古して欲しいんです。能って謡をしらないと面白くないんです。それにはやはり勉強しないと駄目なんですよね。
 あと、なぜか私のお弟子さんは芝居をやっている方が多いんですよ。身体表現を学びたいという方が、私の処には多いです」

 結構みっちりやる方が多い?

佐久間「中には『結婚式で謡ってみたいから教えて下さい。その程度で良いんで』って方もいらっしゃいますけどね(笑)。私も拒絶せずに『半年くらいやってみますか?』って」

 昔だったら怒られそうな……。

佐久間「余所行けって話しですよね。そういう人も歓迎する雰囲気にはなってます」

 能を習ってみたい方、今がチャンスですゾ。

佐久間「和風のブームもあるかもしれませんね。今まさに絶頂期ですね。私が内弟子に入ったのは18年前ですけど、300人入る能楽堂の定期公演で、大体200人しか入らなくて、若い人が2、3人いたら、今日は凄いなって感じでした。今は満席で、半分位若い人ですね」

 外国人の方なんかも?

佐久間「いらっしゃいますね。面白いのは外国の方のほうが見方が上手なで、表現の仕方の内実を見ようとするんですね」


能楽師・佐久間二郎

稽古中。このお弟子さんも演劇をされている方です。

 学校公演などは盛んなんでしょうか?

佐久間「そういう動きが凄く盛んなんですよ。私は凄く良い事だと想いますし、凄くやりたいですね」

 小学生時代に能に魅せられた身としては、当然ですよね。

佐久間「ただ、ちょっとどうかな、と思う所もあって、子供に能を見せる理由なんですよね。古典の芸能だから子供に見せようというのは私は違うと思うんですよ。
 どういう弊害が起きるかっていうと、まず時間短縮なんですよね。1時間半ある能を、子供にツライだろうって50分にしましょう、30分にしましょうでは、私は意味がないと思う。能が歴史のあるもんだから見ておきなさい、じゃなくて、日本人というのは600年も700百年も昔から、こういった想いを繋いできて、いまだにそれが生き残っている意味はどういう事?っていうのを問う意味で見せたい、という考えなんですよね」

 野外で薪の灯りで上演する薪能(たきぎのう)は人気公演だと聞いていますが。

佐久間「(公演数は)増えてるみたいですね。
実は薪能の火付け役って私の最初の師匠の中森なんです。(薪能は)春日大社とか興福寺のお祭り能が原点なんです。これは昔からあったんですけど、全国的になかったもので、その形式を利用して興行したのが当たったんですよね」

 能そのものよりも、薪能を観たいという方も少なくないですよね。

佐久間「入り口としては凄く良いです。何でかって言うと曲(演目)を選ぶんです。外でやるからイベント的に派手な曲を選ぶので、初心者にも優しいんですよ。雨の心配はありますけどね。
 それとやはり外の空気とマッチするんですよね。能って、やはり外で生まれた藝能ですから当たり前なんですよね。
能面の色とか、装束の色合いというのは太陽光に当てた時に、どういう風に見えるかって事を計算された色なんですって」

 蛍光灯や白熱灯ではなく自然光が適している。

佐久間「炎が揺らめけば、能面の表情が動いて見える訳です」

 揺らぐ炎で表情を変える能面。何とも観たくなるではありませんか。能面に始まったインタビューは再び能面にと戻ってきました。次回は能面の神秘的な話や、能の演技、そして能のこれからについてお話を伺いたいと想います。

能楽師・佐久間二郎

 


 

 

 

《佐久間二郎・公演情報》

武田神社ご鎮座90周年記念
「第6回 武田の杜薪能」
5月15日(土)16:30開演
武田神社能楽殿(山梨県甲府市)

【出演】
 観世喜之
 観世喜正
 野村萬斎
 佐久間二郎  

【演目】
 能「翁」
 狂言「昆布売」
 能「菊慈童」

詳しくは
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hanamiti/


公演写真 提供・佐久間二郎
撮影・スズキマサミ
撮影協力・矢来能楽堂