★演者に訊く 2010年12月
ゲスト
「サイレント映画ピアニスト・
    柳下美恵」


【全3回 其の1

 藝能往來の再開であります。以前と変わらぬ、いえそれ以上のご贔屓をお願い致します。
 再開と簡単に言いますが、これはどうして中々難しいものです。漫画や何かだって「第二部をお楽しみに!」なんて終わり方をして第二部が始まることは滅多に無いのです。しかしそこはそれ、本連載は藝能往來ですから往ったり来たりが本分と言う訳。
 ですがここで難問は、誰をゲストにお迎えしようかという事でした。
 これからの連載が益々盛り上がる為には、人選が大いに大事であるのは言うまでもありません。
 ハテ、どなたにお話を伺うべきか?と思案しておりましたところ、筆者が日頃からお世話になっている柳下美恵さんが海外の映画祭でスタンディングオベーションを受けたのと報せ。こんな素晴らしい出来事を、国内のメディアは柳下さんの快挙を伝えようとはしない……。
 となればタイミングも良し、藝能往來が独占的に柳下さんの快挙を伝えてしまおうと思った次第。

能楽師・佐久間二郎

柳下美恵(やなしたみえ)
サイレント映画ピアニスト。
欧米スタイルのピアノ伴奏で見せるサイレント映画上映会で活躍中。」
武蔵野音楽大学器楽科(ピアノ専攻)卒業後、会社勤務を経て1995年、映画誕生100年記念上映会(朝日新聞社提供)でデビュー。以来、国内外で公演し、手掛けた作品は約500。
2006年度・日本映画ペンクラブ奨励賞受賞。
2007年より「ロスト・フィルム・プロジェクト」を開始。ピアノソロCDアルバム『サウンド・オブ・サイレント』を発表のほか、紀伊国屋書店から発売のDVD『裁かるゝジャンヌ』『魔女』の二作品の音楽も担当。映画保存協会正会員。

柳下美恵 Web Site「Mie's Sound of Silent Movie」
 http://homepage3.nifty.com/yanasita/miespick.html

 

●英才教育・箱入り娘時代

 

 柳下さんはサイレント映画ピアニストです。
 予備知識の無い方の為に、のっけから解説するとチャップリンに代表されるサイレント映画は、上映の際に生の演奏が付くのが世界中で基本的なスタイルなのです。
 これに日本では映画説明、いわゆる活弁が付くのですが、それはともかく欧米のピアノ演奏で無声映画を見せるスタイルを、日本では唯一専門にしているピアニスト、それが柳下美恵さんなのです。
 どこをどうしちゃったらサイレント映画ピアニストが生まれるのか、という謎に今回は迫ってみたいと思います。

 そもそも映画とピアノ、どちらが先に興味を持ったのでしょう?

柳下「勉強したのはピアノです、3歳から。家の母が英才教育で、入れたかった先生が人気があって付けなくて、先に理論をやらされて」

 演奏の勉強をする前から、理論をやった?

柳下「3歳だからよく覚えてないんだけど(笑)。母はその先生に3歳から入れたかったんだけど、先生に習い始めたのは5歳からです。ただ母がピアノの先生だったので小っちゃい時から触ってたと思います」

 ピアノはお母さんの意向で始めた?

柳下「ピアノを習わせるのが凄くブームだったんですね。しかも母がピアノをやりたかったんですけど、もう遅くって声楽の方に行ったんです。だから、どうしても子供に自分の夢を託して、ピアニストにさせたい!っていう凄い重い夢を背負わされて育ちました(笑)」

 そこから小・中・高校とピアノを習ったんですか?

柳下「出身が名古屋なんですけど、名古屋って芸事が物凄く盛んで、公立の高校に二つも音楽科があるんですよ。県立と市立があって、私が習った先生は市立の先生だったんですよ。最初から高校の先生に習ってたから、その先生のいる学校に行くことが決まってたんですよ」

 小学校に入る前に高校が決まってしまうんですね、英才教育っていうのは。

柳下「私はその時は、もう落ちこぼれてたの(笑)」

 考えてみれば英才教育を受けて、そのまますんなり行った人がサイレント映画ピアニストになる訳もない。してみると落ちこぼれるのも悪くない。

柳下「小学生位はその先生の生徒の中で凄い良かったの。選抜に出させて貰ってて、有望って言われてて、中学になって努力するっていう時に努力しなかった。『努力も才能の内ね』って言われて(笑)。
 高校の頃でも、自分なりには何時間も何時間も弾いたりしてて。でもやっぱり努力っていうのも仕方とか、向き不向きがあるんですね」

 一般的な意味での努力が苦手だった。

柳下「好きじゃない練習を頑張ってやってたんだけど、好きじゃないんでテレビを良く観てたんですよ。その頃のドラマっていい監督が撮っていた物が多くて深作欣二さんだったり、神代辰巳さんだったりでテレビドラマとしてはグレードが高かったんですね。
 一番好きだったのが『傷だらけの天使』っていうショーケン(萩原健一)が出てるドラマなんですよ。ヌードとか、あの頃バンバンに出てたのね。そういうのが子供にとってはドキドキして、鍵掛けて観てた(笑)」

 『傷だらけの天使』は他にも恩地日出夫、工藤栄一などが監督として参加。過激なシーンが多く、放送当時は有害番組と言われた。

柳下「映画は観てないんだけれど、テレビでそういう体験はしてた」

 学生時代は映画には触れていない?

柳下「ほとんど行ってないですね。高校時代までだと10本いかないと思います」

能楽師・佐久間二郎

 

●大学、そしてスタジオ200
 
 ご本人いわく“一生懸命もがき"ながら柳下さんは武蔵野音楽大学に入学、そして上京。箱入り娘は箱から飛び出した。

柳下「東京に来て、本当に開放されて(笑)。実家では門限が厳しかったけど、こっちでは何時に帰っても分かりゃしないし」

 そこで映画も観るようになった?

柳下「映画だけじゃなくて、全て観てたんです。特にその時は演劇を観てて、小劇場ブームだったのね。東京乾電池とか、東京ヴォードヴィルショー。あと第三エロチカとか第三舞台とか、唐さんの所(状況劇場)はずっと観てたし、龍昇企画が好きでしたね。凄い好きだったのは遊◎機械/全自動シアターでした」

 演劇史に名を残すような劇団を浴びるように観ていた柳下さん。しかし卒業の日は近づいてくる。

柳下「何とか落第せずに。東京に居たかったから、東京で就職したかったんです。でも音大っていう肩書きは高卒扱いなんですね。だから割と良い時代だったのに、軒並み落ちちゃって……。
 知り合いが西武にあるスタジオ200で受付をやってたんだけど、辞めちゃうっていうからバイトでまず入って、契約社員になったっていう感じです」

 スタジオ200とは、西武百貨店池袋店8階にあった空間で、様々なパフォーマンスに対応したミニシアターやフリースペースのはしりのような場所。

柳下「そこが本当に良かったと思ってるんだけど、色んな事をやっていて、音楽では武満徹さんも来てたし、落語もやってたし、美術のパフォーマンスって言われるものもやり始めた所。ダンスでは勅使河原三郎さんが日本でのデビューをして、漫画家の手塚治虫さん、舞踏は土方巽さんと大野一雄が来て、活弁では松田春翠先生が語っていて……。
 とにかく色んな事が毎日あって、それが面白くてよく仕事をサボって観てました」

 世界が拓けた。

柳下「それは私が求めていた物だったんです、実は。というのも私はピアノしかやっていなかったので、色々観たかったんですよ。演劇は演劇で面白かったんだけれど、もっと色んな世界があるっていう文化として見たかった。自分の中で文化が一気に!来ている人達も刺激的だし。
 そこで今の、何やっても良いんだ、っていう素地が出来たんだと思います」

 演劇をずっと観ていて、演じる側に回りたいと思ったりはしなかったんですか?

柳下「願望はあったかもしれないけど、女優は遠い事っていう感じがして。それよりは自分で企画するとか、見たいっていう願望が強くて、あくまでもその時はスタッフとして、そこで探させてって感じでした」

 探す、とは?

柳下「自分が何をやりたいのか、っていうのを探してたんです」

 表現する欲求はあった?

柳下「演者になるか、スタッフになるか分からないけれど、文化に関わっている事はしたいって漠然と。その中で私が好きなものは何かなって思ったら、映画かなって。
 今は映画監督になっている黒沢清さんとか、篠崎誠君とかが「映画の王道」っていう雑誌を作ってたんです。篠崎君が私と同じ立場で、シネセゾンでバイトしてて横の繋がりで「映画の王道」のイベントやったりとか。
 あとは映画祭をやるところがなかったから、各国映画祭が全てスタジオ200に来たの。オーストラリア映画祭から、ドイツ映画祭から、フランス映画祭」

 職場で新旧の映画に触れて、惹かれていった。

柳下「韓国映画祭を担当したんです。アン・ソンギのアテンドとかをやらせてもらって、後で年賀状貰って『わーい』とか(笑)」

 アン・ソンギとは韓国では国民俳優と呼ばれる俳優。
 スタジオ200にはどの位の期間在籍していたんですか?

柳下「7年間だったかな。ただそれは、スタジオ200が潰れるまで居たんですよ」

 では職場が無くなって、いよいよ映画の世界へ?

柳下「最後の年位に結婚したんですよ。そこに保険はあったんです(笑)。それで、どうしよう?って言ったら、連れ合いも理解があったので『好きな事やれば』って言われて。
 何か自分がピアノを弾いて映画に関われる事はないかな?って考えてたんですね」

 そこに、サイレント映画があった。

 ついに柳下さんは現在の職業への第一歩を踏み出すのが、アプローチの仕方が振るっているのです。
 なんと旅行ついでにサイレント時代の譜面を探しに大英博物館をいきなり訪ねてしまうのです。
 そんな驚きの行動の詳細は次回にたっぷり聞いてまいります。

 

           ※ 次回12月15日(水)更新 

 


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聖なる夜の上映会
音楽と体感する、サイレント映画

(公演終了。御来場ありがとうございました)

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12月11日(土)17時start
本郷中央協会 2階礼拝堂(最寄り駅・本郷三丁目)

【出演】柳下美恵(ピアノ)
    菊池香苗(フルート)
    藤野沙優(ソプラノ)

【上映作品】『第七天国』(原題・The Seventh Heaven)
1927年/アメリカ/モノクロ/117分/日本語字幕付/DVD上映
       監督/フランク・ボゼーギ
       出演/ジャネット・ゲイナー、チャールズ・ファレル 他

       詳細は http://crater.jp/event/cafe/ にて

 上映会場の本郷中央教会さんには、今回のインタビューでもご協力を頂きました。
 1890年創立。関東大震災で被災するが1929年にヴォーリズ建築事務所によってゴシック様式で再建された。野口英世が3階に下宿。夏目漱石の小説『三四郎』にも教会が登場。『ふるさと』『もみじ』『春の小川』等を作曲した岡野貞一がオルガニストをつとめた。
 日本ではじめて日本映画が上映された場所としても歴史的価値がある。

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小津安二郎の世界
at 神保町シアター

2010年11月20日(土)〜12月29日(水)

現存する全劇映画36作品を連続上映!
至高・至福の小津ワールド!!
サイレント映画のすべての上映に音楽が付きます(12月16日まで)。
キーボード伴奏*柳下美恵
自由席定員制(99席)/整理券制/各回入替制
入場料金(当日券のみ)  一般1200円 シニア1000円 学生800円 

詳細は神保町シアター tel.03-5281-5132
http://jinbocho-theater.jp/

 



撮影・スズキマサミ
撮影協力・本郷中央教会