★演者に訊く 2010年12月
ゲスト
「サイレント映画ピアニスト・
    柳下美恵」


【全3回 其の2

 今年の漢字は「暑」に決まったそうです。考えてみれば一年間を漢字一字で象徴するなんてのは無理に決まってるのですが、それでもなんとなく「そういえば今年は暑かったもんね」なんて気になるから不思議なものではあります。
 でも来年、今年より暑かったらどうするんだらろう。酷暑の「酷」でしょうか。
 そういえばミイラ死体と同居してた家族はその後どうなったのでしょうか。すっかり忘れてしまいましたね。藝能に携わる立場としては、此処最近の市川海老蔵の騒動は気になる話題ではありますが、それもこれも来年の今頃には忘れているのでしょう。
 してみると今年の漢字なんて毎年「忘」でいいのかも知れません。
 そのなかで忘れるべきでない物・事を記録に残しておく。藝能往來で紹介される藝能者達の記録とは、そういったものではなかろうかと思うのです。

 

「ほとんどの無声映画には譜面は無いです

 

 現在ネットで調べても、当時の文化発信地であったことが容易に分かるスタジオ200で働きながら、様々な文化に触れてながら自分の進むべき道を模索していた柳下さんでありましたが、職場が閉鎖。
 いよいよ決断となった時に、目の前にあったのは無声映画でした。

柳下「自分は音楽をやってきて、でも作曲じゃないし。ピアノを弾いて映画に係われる事を探してたんですね。外国からピアニストが来て無声映画に伴奏付きの上映にも行ってたし、澤登さんの(活弁)も観てたし、そういう無声映画の上映があるっていうのは分かってたから、それが出来ないかなと思って」

 といっても教えてくれる人が居る訳でもない。

柳下「友達と旅行に行って、割とかわいい名刺がすぐ作れる機械がロンドンにあって、無声映画のナントカって作ってみようって。まだなってもいないのに(笑)」

 まさに形から入るってパターンですね。

柳下「旅行で行ったにも関わらず無声映画の事も調べてて、大英博物館に行って『無声映画伴奏がやりたいんだけど、楽譜は無いか?』って言って。有るか無いかも分からないのに。
 で、無理やり入館証を作って貰って、行ったら『国民の創生』の楽譜とかが有ったんですね。とにかくヤミクモ」

 旅行先で突然調べ物を始めたんですか?

柳下「意図はあったのかな?でも折角行くなら調べてみようっていうのは、あったんでしょうね」

 楽譜はどれくらいあったんですか?

柳下「グリフィス関係が結構あったんですね。ただ、そのころは無声映画の事もしらないじゃないですか。知ってたら、もっと探せたかもしれないんだけど」

 グリフィスとはD・W・グリフィス(1875〜1948)のこと。映画の父とも称される。代表作に『イントレランス』『散り行く花』等がある。『国民の創生』もグリフィスの作品。

柳下「グリフィスのお抱えの作曲家が、こういう時にこういう曲を使うんですよ、っていう参考書みたいなのがあったり」

 そういった資料は日本では手に入らない?

柳下「コレクターが持っているかもしれないですけど。基本的には手に入らないですね」

 着々と資料を集めて、いよいよデビューですか?

柳下「小岩で上映会があって、そこでやりたいって言ってやらしてもらってたんですね。その時にフィルムセンターの人が見に来てくださって…。
 資料を集めにフィルムセンターに通っていたから、あっちも私がサイレント映画伴奏をやりたいって知ってたんですね」

 フィルムセンター(東京国立近代美術館フィルムセンター 東京・京橋)とは日本で唯一の国立映画機関。プロとしてのデビューを目指して勉強中だった柳下さんの演奏を、フィルムセンターのスタッフが聴いたというわけ。

柳下「しかも、そのタイミングが1995年。ちょうどリュミエールが映画を発明して百年のイベントを朝日新聞社がやるっていうのがあって、それに推薦してくれて……。私のつたない演奏を聴いただけなのに。それは本当にラッキーでした。自分でも運命かな、って思うときもあるんだけど」

 映画誕生100年の年にデビューですか!

柳下「そういうのも計算してやってたんでしょ?って言われたり(笑)。でも勢いでやってたら、そうなったんですよ」

 初期の映画は一本あたりの上映時間が短いですけど、何作品くらい演奏されたんでしょう?

柳下「101本だったと思います。90分くらい弾いてました」

 それらの作品用の楽譜は事前にあったんですか?

柳下「無いです。ほとんどの無声映画には譜面は無いです。
 その時は最初の仕事だから必死で、ひとつひとつに全部曲を付けたの、自分で。その頃は即興できなかったから、使える曲を全て探してきて。『カンボジアの風景』とかはどうしようって思って、東京文化会館に行ってカンボジアの音楽を聴いて採譜して、とか。いちいち全部やってたの。
 そうしたら物凄く好評で、頑張ってやった甲斐がありましたね」

 順調な滑り出しだったんですね。

柳下「次からは長い作品で、本当に大変で……。短いのはすぐに終わるから(準備に)時間掛ければ出来るんだけど、長い作品て構成力も要るし難しいんですよね」

 そういう時に参考書が役に立った?

柳下「何回も使う曲を切り貼りしたりとかして、物凄く大変で。ただ同じ映画の中で作曲家が違う訳ですよ」

 曲の切り張りをして構成すれば、そうなりますね。

柳下「やっぱりテイストって違っちゃうんですよ。そうすると自分で作ったほうが良くなる。それで繋ぎの部分を作るようになって、ちょっとづつ、作曲ではないけれど作るっていう事も始めましたね。
 だから最初の頃は切り貼りで大変、作るので大変、弾くのも大変(笑)」

 

 

能楽師・佐久間二郎

柳下さんの譜面、付箋や書き込みに苦悩の後が。

 

「間、ですね」
 

 そもそも無声映画にピアノ演奏が付くのはいつからなんでしょうか?

柳下「1895年にパリのグランカフェのインドの間っていう所でエミール・マラバルっていう人がピアノ伴奏をしていた、っていう記録があります」

 1895年という事は、映画初公開の時からピアノ伴奏が付いていた?

柳下「そうです。その後の歴史では、有名はところだとショスタコーヴィチも学生の頃にアルバイトでやっていたし、彼は無声映画にも楽曲を提供してますね」

 どうして他の楽器ではなく、ピアノだったのでしょう?

柳下「アメリカはオルガンが多いんですよ、ヨーロッパはピアノが多い。ピアノ一台でオーケストラまではいかないけれど、かなり表現力はある楽器なんですね」

 海外でサイレント映画を上映する場合、今もピアノが一般的?

柳下「ポルデノーネっていう映画サイレント映画専門の映画祭があって、ピアニストはいつも付いています。イベントだとオーケストラとかバンドが入って、日本映画だと弁士が入ったりもしますけど、通常はピアノっていう形ですね。
 イギリスのフィルムアーカイブだと毎月サイレント映画の上映があってピアニストは7人もいます。ベルギーはフィルムアーカイブに上映会が3館あって、ひとつはサイレント映画専門でピアニストが居て弾いてます」

 日本のフィルムセンターだと、ピアノも弁士もない状況でサイレント映画を上映する事が多いですが。

柳下「(海外では)無声でやるっていう事は、あまりないですね」

 現役のサイレント映画ピアニストって全世界で何人いるんでしょうか?

柳下「数えた事ないなぁ・・・・。
 13人?13て数字が悪いな(笑)。20人くらいですね」

 その中でサイレント映画だけで活動しているのは何人?

柳下「だけでやっているのは4人くらいだと思います。世界を廻ってますね。アメリカはDVDが出るので、その度に仕事があります」

 アメリカではサイレント映画伴奏収録の仕事が結構あるのですが、日本ではあまり無いのが現状。
 そんな状況ですが、柳下美恵伴奏録音のDVDも『裁かるゝジャンヌ』と『魔女』が発売されております。

 

裁かるゝジャンヌ

DVD「裁かるゝジャンヌ(クリティカル・エディション)」
詳細はこちら

魔女

DVD「魔女 (クリティカル・エディション)」
詳細はこちら

 

 

 諸外国のサイレント映画ピアニストとは違う、柳下さんの個性とは何だと思いますか?

柳下「間、ですね」

 いかにも日本的な概念。

柳下「日本人特有のものだと思います。向こうの人は間があけられない。私は伝統藝をやっていないけれど、日本人に身についているものだと思うし、私はピアノの先生からそれを教わったんです。クラシックの曲だけど『この間を大切に』って良く言われましたね。
 外国人の先生に習っていないんですけど、少なくともサイレント映画伴奏で聴く違いっていったら間ですね。ほとんどの人は弾きまくる。間をあけないですね」

 「間」の概念は、絵画や建築でもよく指摘されますね。

柳下「日本人は誰でも持っていると思うんだけど、伝統的に具わっている物だと思います」

 海外で一般的なスタイルだからこそ、日本人の感性が武器になるというのは興味深い事だと思います。
 実際に柳下さんはポルデノーネ無声映画祭で先日スタンディングオベーションを受けてきたばかり。
 次回は海外公演の思い出や、理想のサイレント映画伴奏について伺ってまいります。

           ※ 次回12月25日(土)更新 

 


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小津安二郎の世界
at 神保町シアター

2010年11月20日(土)〜12月29日(水)

現存する全劇映画36作品を連続上映!
至高・至福の小津ワールド!!
サイレント映画のすべての上映に音楽が付きます(12月16日まで)。
キーボード伴奏*柳下美恵

自由席定員制(99席)/整理券制/各回入替制
入場料金(当日券のみ)  一般1200円 シニア1000円 学生800円 

詳細は神保町シアター tel.03-5281-5132
http://jinbocho-theater.jp/

 



撮影・スズキマサミ
撮影協力・本郷中央教会