★演者に訊く 2010年12月
ゲスト
「サイレント映画ピアニスト・
    柳下美恵」


【全3回 其の3

 今年も残すところ、あと僅かとなってまいりました。ご存知の通り、12月は師走とも言いまして、何となく気ぜわしく一ヶ月が過ぎてゆきます。しかしどういう訳か、師走の忙しさを嫌いな人はあまり居ないようで「忙しいねぇ」なんて笑いながら挨拶をする光景が多々見られます。もう少し頑張ればひと段落、という気持ちが働くのでしょうか。
 藝能の分野では12月ならではの演目も少なくありません。落語では「芝浜」、歌舞伎なら「仮名手本忠臣蔵」、クラシックなら「第九」といった具合。
 これに触れておかないと年が越せない、と思う公演に行く日は厳しい寒さもどこへやら、ではないでしょうか。
 もっとも今年の冬はきっちり寒くなってくれませんが……。
 映画やドラマでクリスマスが舞台になると、必ずといって良いほど雪が降りますが、実際にはホワイトクリスマスなんて、そうそうあるものじゃ御座いませんね。藝能の世界でも冬の定番は変わってゆくのかもしれません。

 

「映画の為のピアニストなんです」

 前回、ご自身の個性を「間」と表現した柳下さん。ではその「間」の効果とは?

柳下「『間』を空けるという事は『沈黙』するという事。弾いてる中で『沈黙』すると物凄い緊張感が生まれるんですね。緊張を強いる場面は『間』を空けます」

 では柳下さんにとって理想の演奏とは?

柳下「音楽はあるんだけど、忘れちゃうような感じっていうのが理想なんですね。演奏者が客席から見えなくても良い。ただ録音じゃ駄目なんですね。生じゃないと駄目なんだけど。
 なので理想の演奏っていうのは、映画に集中できるような演奏なので、自分の音楽をやっちゃ駄目なんですよね。凄く偉そうに聞こえるかもしれないけれど、私はミュージシャンじゃなくて、あくまで映画の為のピアニストなんです」

 語るのは映画。

柳下「主従をつけとしたら、映画が主で、私は映画と盛り立てる裏方としてピアニストがあるという感じでいたいですね」

 映画の登場人物の動きに対して音楽を付けるのですか?それとも感情の起伏に対して?

柳下「人の動きじゃないです。エモーション、感情ですね。実音を付ける時もありますね。鐘が鳴る場面があったら鐘を鳴らしてみたりとか。状況に合わせてやるので、用意できない時はピアノだけでやっちゃうし。でも、楽器が用意できる状況にあって、実音を使ったら、より効果的だなと思えたらやるし」

 サイレント映画の演奏をやるにあたって、影響を受けた人はいますか?

柳下「ニール・ブランドさん。ニールさんはちょっとニール節っていうのもあるんだけど、映画以上に映画の流れを明確に表してくれるので、分かり易いし盛り上がるんですね」
 
 ニール・ブラント氏はロンドンにあるBFI(British Film Institute)を中心に活動をしているサイレント映画ピアニスト。
 では、これまで柳下さんがされてきた中で、印象的だった仕事は?

柳下「宮崎で日本語字幕がついた『ロイドの要心無用』を上映した時、親子で1000人位入るホールが満員になって…。前の方の席に居る子供たちが、まだ字が分からないのに大人よりも先に笑うの。子供達の笑いと、大人達の笑いが私にも返ってきて。映画を観るときの一体感、それって皆が参加してる感じなんですよ」

 サイレント映画は観客も参加できる映画ですね。

柳下「あと印象に残ってるのは、この前のポルデノーネかな」

 ポルデノーネ無声映画祭という、無声映画を専門にした映画祭がイタリアでは毎年行われており、柳下さんも今年の10月にピアニストとして参加されました。

 

「映画を愛してる事、それが一番必要」

 ポルデノーネの様子を教えて下さい。

柳下「オーケストラピットに入って演奏してるから客席は全く見えないんですよ。とにかく背後の気配も感じず、ひたすら映画と向き合って弾いてたって感じです。だけど、どうも上から演奏者を覗き込んでるお客さんは居たらしいです(笑)」

能楽師・佐久間二郎

会場の様子 オーケストラピットが見える

 

 スタンディングオベーションだったと聞いておりますが。

柳下「スタートが朝の8時半、約4時間の『愛よ人類と共にあれ』という作品を、主題歌と画面に出る楽譜以外は即興で弾いたんです。休憩も10分しか無いんです。私も偉かったかもしれないけれど、観客の人も偉かった(笑)」

 まさに舞台と客席が一体になった瞬間ですね。ポルデノーネでは全部で何作品演奏されたんですか?

柳下「5本ですね」

 ちなみに2010年のポルデノーネは、日本の松竹映画特集でした。

 

能楽師・佐久間二郎

2010年ポルデノーネ無声映画際パンフレット

 

 

 海外公演は他にどこでされていますか・また日本との反応の違いは?

柳下「韓国のチュンムロ国際映画祭と、イタリアのボローニャ復元映画祭ですね。
 日本でもそうだと思うけど、海外から来るゲストって暖かく迎えてくれるので、韓国でも、ボローニャでもポルデノーネでも、日本より盛り上がる感じはします。ブーイングには出会った事はないけれど、反応がはっきりしていて、盛大に拍手をしてくれます」

 前回のお話で、最初の頃は曲の切り貼りで大変だったと仰っていましたが『愛よ人類と共にあれ』はほぼ即興。演奏スタイルはどの様に変化していったのでしょう?

柳下「たとえば楽譜が最初15ページあったとしたら、どんどん10ページになり、5ページになり、モチーフだけの1ページになり、最後は無くなる、みたいな。経験ですね、もう絶対」

能楽師・佐久間二郎

テーブルの左端が柳下さん

 

 映画を初めて観ながらの即興演奏もアリ?

柳下「あります。ポルデノーネには伴奏のワークショップもあって、内容がちょっと書いてあるカタログだけ見せられて、しかも英語。いきなり大きなホールで上映して」

 いつ話が盛り上がるか……。

柳下「もう勘。ただ勘は勘で働かすんですけど、ベートーヴェンの曲の最後が凄い長いように、ラストが長い監督も居るんですよ。で、自分で終わりかなと思って『ちゃん、ちゃ〜ん』てやったらまだ終わらないとか(笑)。誤魔化しゴマカシやって、みたいな事はあります」

 誤魔化してるのはサイレント映画ピアニスト同士なら分かる?

柳下「お客さんはそんなには分からないと思うけど、伴奏者だと『ああ、終わろうとしてたんだな。だけど終わらないな』っていうのはありましたね。
 でも観てると、(映画の展開が)こうくるだろうなっていうのは大体分かりますね」

 相当数のサイレント映画をご覧になっていると思うのですが、これからサイレント映画を観る人にお勧めの作品は何がありますか?

柳下「まずは『第七天国』ですよね。それから小津さんのかな……『東京の合唱』は良いですよ。それから淡い初恋を描いた成瀬巳喜男の『君と別れて』。ファンタジーといえばアヴァンギャルドな香りも漂う『キートンの探偵学入門』。美しさを堪能したいならグレタ・ガルボの『肉体と悪魔』ですね。

 ライブで観るのに限定した選び方ですけど」

 お勧め作品の詳細は最後に整理して紹介します。
さて柳下さんが今後やりたい事は?

柳下「先日の『第七天国』の上映会でもフルートと声楽を入れたんですけど、編成を組んで自分だけじゃなく出来るようにもしたいですね。
 楽団までいかないかもしれないけれど、大きな編成で出来る事をやってみたいです」

 柳下さんの活躍に刺激を受けて、サイレント映画ピアニストを目指す人も出て来るのではないでしょうか。何が必要だと思いますか?

柳下「現れて欲しい。是非、私の上映会に来て欲しい。前に『やりたいんですけど』っていうメールが来たから『上映会に来て下さい』って返信したら来なかったの(笑)。
 サイレント映画伴奏をやるのに必要なのは、やっぱり映画を愛してる事、それが一番必要ですね。映画が好きで映画の為の音楽をしたい、って思う人じゃないと」

 今回、柳下さんに取材した理由は単純なものでした。インタビュー中にもありますが、イタリアで日本映画が特集され、日本人が演奏をしてスタンディングオベーションを受けても、日本のメディアはどこも報じないからです。
 やれアカデミー賞の、やれカンヌの、となれば賞にノミネートされただけで大騒ぎなのに、実際に海外で評価されている人は報じられない日本の状況に一矢報いてやろうではないか!・・・・そこまで気負った訳ではありませんが、伝えねば、と思ったのは事実であります。
 音楽は唯一の世界共通語と言われます。柳下さんのピアノは軽々と国境を越え、サイレント映画の素晴らしさを世界中の人々に伝え続けてくれる事でしょう。まずは日本人が柳下さんの存在を知っておかなくてはなりません。
 難しそう、なんて考える必要はありません。サイレント映画は誰もが参加できる映画なのです。

 

●柳下美恵が選ぶお勧めサイレント映画5本

■『第七天国』(1927・米)
監督/フランク・ボーゼイジ
主演/ジャネット・ゲイナー、チャールズ・ファレル 
解説/第1回アカデミー賞において監督、主演女優(ジャネット・ゲイナー)、脚色賞受賞。作品、室内装置賞ノミネートの作品。サイレント映画末期を飾る代表作のひとつ。「だいしちてんごく」と読みます。
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裁かるゝジャンヌ

 

■『東京の合唱』(1931・日)
監督/小津安二郎
主演/岡田時彦、八雲恵美子
解説/日本映画史にその名を残し、今なお世界中の監督から敬愛される小津安二郎のサイレント期の名作。主人公夫婦の娘役として高峰秀子が出演している。「とうきょうのこーらす」と読みます。
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裁かるゝジャンヌ

 

■『肉体と悪魔』(1926・米)
監督/クラレンス・ブラウン
主演/グレタ・ガルボ、ジョン・ギルバート、ラルス・ハンソン
解説/伝説的スターの名にふさわしいのが主演のグレタ・ガルボ。「永遠の夢の王女」、「スウェーデンの美のスフィンクス」、「神聖ガルボ帝国」とまで呼ばれた女優は空前にして絶後。
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裁かるゝジャンヌ

 

■『キートンの探偵学入門』(1924・米)
監督・主演/バスター・キートン
解説/チャップリン、ロイドと並んで三大喜劇王と呼ばれたバスター・キートンの傑作。ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』にも引用された映画内映画。無表情のキートン探偵が変身して事件を解決していく姿から、旧題は『忍術キートン』となっている。
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裁かるゝジャンヌ

 

『君と別れて』(1933・日)
監督/成瀬巳喜男
主演/吉川満子、磯野秋雄、水久保澄子
解説/『流れる』『浮雲』『稲妻』等で傑出した存在感を放つ成瀬巳喜男のサイレント映画時代の代表作でもあり、後年の作品群の基礎が完成しつつある事を感じさせる作品でもある。なぜかソフト化されていない。

 

 



撮影・スズキマサミ

撮影協力・本郷中央教会
 
公演写真提供・柳下美恵