★演者に訊く 2011年2月
ゲスト「パントマイムパフォーマンスユニット・
   
to R mansion


【全3回 其の2

ひとつの科白を分割して、複数の役者で言うのを割り科白(わりぜりふ)、と言います。今回のインタビューで印象的なのはto R mansionの皆さんの受け答えが、図らずして割り台詞になっている事が頻繁にあるのです。なんでしょうか、この連帯感。共同で日常的に作品を作っていると、ここまで価値観が共有できるようになるのでしょうか。
インタビューを記事にする時、読みやすくするために最低限の加工は必要ですが、作為的に割り台詞にしたら、アザト過ぎて見られたものでは無くなってしまいます。
今回のインタビューは個々のパフォーマーに対してのやり取りであると共に、to R mansionという人格へのインタビューだと思ってご覧頂けると興味が増すかもしれません

 

やらかし待ちなんですよ(笑)」

 

これまでで印象に残っている仕事は?

上ノ空「老人ホームの仕事ですね。皆さん子供に戻ったみたいな表情をされて喜んで下さったのが、私達のほうが感動して、パフォーマンスは凄いなあって」

 野崎さんは?

野崎「私は仕事じゃないんですけど、ヘブンアーティストの審査会当日です。車の鍵を私が無くしてしまいまして(笑)」
上ノ空「荷物が全部入ってるんですよ(笑)」
野崎「みんなに探して貰ったんですけど、どーしても無くて。結局そこに車置いたまま、新たにレンタカー借りて、稽古で外に出してあった大道具だけ積んで……。精神的にも大分やっちまった感が(笑)」

 その時の審査結果は?

野崎「合格したんですよ。お客さんにも集まって頂いて、素晴らしい感じで終えることが出来たんですけど、帰りに私はレッカー車を呼びまして……」

 では松元さん。

松元「色々思い出してたんですけど、去年のアヴィニョン演劇祭だと思いますね。怒涛のように皆で芝居のことだけを考えて。初日を凄い緊張の中で迎え。監修の小島フェニックスさんが一緒に行ってくれたんですよ。初日終わったら『何浮かれとるんじゃい』みたいに言われて、超駄目出しされて(笑)」
上ノ空「初日のウケが余りにも良かったので浮かれちゃったんですよ。演目上も気を引き締めてやらなきゃいけない部分もウキウキ♪みたいな感じになっちゃって。その後は大丈夫でしたけどね」
松元「満員になったことも、ウケた事も、ウケなかった事も、強烈といえば強烈ですよね」

 最後に丸本さん。他の方を同じ仕事でもOKです。

丸本「じゃあ別の話で(笑)。大道藝にはトラブルが多いんですけど、初めて神戸のコンペディションに出た時はCDプレイヤーで音楽を出してたんですよ。それを(野崎)夏世さんが思いっきり蹴って、音が飛んだっていう……」
松元「神戸が、私達の大道藝デビュー戦だったんですよ。その1回目の超緊張してるパフォーマンスの時に、音がシ〜ン、ラジカセがパッカ〜ン(笑)」

 野崎さんは大事な場面でやらかす方なんですね。

上ノ空「大道藝グランプリも結構あって、私達も出れる所には全部出ようって、応募してたんですよ。その度ごとに彼女は事故ったりとか、車擦ったりとか」
丸本「それが啓示なんです」
上ノ空「そうそう。啓示があると優勝したりとか、良い事があるっていう」
丸本「やらかし待ちなんですよ(笑)」

 

フランス・アヴィニョン凱旋公演「無礼講 Break"0"」

「あ、やらかした!!」の図(笑)

 

「私達が日本への興味の
出発点になった方もいましたし」

 

 アヴィニョン演劇祭(※注)の話が出たところで、海外公演の話を聞かせて下さい。

上ノ空「アヴィニョンは1回は大道藝で行ったんですけど、それは2回目絶対に来るって決めて行ったんですね」
野崎「アヴィニョン演劇祭は劇場の小屋主との直接交渉なので、ディレクターが自分の劇場のプログラムにto R mansionを入れるって決めれば、次の年はお金さえ払えば行けるんですね」

 2009年の初参加は大道藝のみで、劇場公演をするための売り込みも兼ねて行った?

上ノ空「私達もパントマイムをベースにしてるもんですから、(日本での)大道藝を海外からのお客さんが見てたときも、凄い喜んで下すってたんですね。だから海外でも喜んで貰えるか試したいね、という感じもありまして」

 では1回目の大道藝で参加した時の反応は?

上ノ空「思っていたよりも良かったですね。映画を題材としたパフォーマンスだったので、フランスは映画の国みたいな感じですから、同じ映画を知ってる、みたいな感じで。題材にしたのは『マトリックス』とか『ナウシカ』『レオン』『E.T』」
丸本「『トップガン』」
松元「『メリー・ポピンズ』あとは『フォレスト・ガンプ』」
丸本「映画じゃないですけど、マイケル・ジャクソンも」
野崎「ちょうど私達が行った年の7月にマイケルが亡くなったので、曲だけならアヴィニヨン演劇祭のどっかしらで鳴り響いてるくらい、マイケルを思いながら、みたいな時だったのでお力を頂いたというか。マイケルの曲が鳴ればみんな
『Waaaaaaaaa』みたいな(笑)」
丸本「マイケルの凄さを知ったっていう」
野崎「それから丸本君が着物で踊ったりも」
丸本「初めて日舞が活かせましたよ」

 大道藝をやるのに必要な手続きは?

野崎「ストリートでやる分には許可は要らないので、いろんな国から来てますね」

 パフォーマンスと同時進行で売り込みもしていた訳ですが、それはどうやって?

野崎「アヴィニョンて、あまりにも日差しが強いので夕方しか大道藝が出来ないんですよ。その間にアポ無しで劇場回りをして、資料渡して、夕方以降は毎日大道藝をやってるから見に来て下さいって言って、ですね。あとからメールを頂ける場合もあるし、ディレクターの方が見に来て下さったという場合もあるし。でも9割5分、ナンもないですね」
上ノ空「毎年決まった劇場でやるカンパニーもあったりとか。新規のカンパニーが入れるところは思ったよりも少ないと思いますね」

 そんな中で見事に劇場を掴んだんですね。

野崎「私達が2009年初めて行った時に、資料の映像を見て『とってもスタイリッシュ、だけどとってもクレイジーで良いわ』って決めてくださって、それで2010年は呼んで頂いてやる事が出来たって感じですかね」

フランス・アヴィニョン凱旋公演「無礼講 Break"0"」

マトリックス並のレーザー(?)が飛び交う

 

 当初の目論見どおり、2回目の2010年は劇場公演を実現させた訳ですが、アヴィニョン演劇祭とはどの位の規模のイベントなんでしょう?

野崎「大道藝は含めないで、劇場だけで約1000演目で、劇場は200箇所位ですね。町は凄い狭いですよ」
上ノ空「ディズニーランドくらい?」
松元「歩けばどんどん劇場がある」
上ノ空「でも直線じゃ歩けないんですよ」
野崎「真ん中に教皇庁がある城塞都市なので」

 さて、ではいよいよ劇場公演ですね。何回公演をされたんですか?

野崎「間に3回休演日を挟んで21ステージです。休演日は自分たちで決められるので、もっと休んでも、それこそ1回も休みを作らなくても良かったんですけど、万が一身体の故障があったら怖いので」

 公演タイトルが『無礼講 Break"O』でしたが、この題名はどういった理由で決まったのですか?

上ノ空「あんまカッコつけてもねぇ、って。どかーん!!!みたいな感じが良いよねぇ、って。最初『土下座 Do Gather』っていうのがあって(笑)。なにかしらカケてやるのは決まってたんでしょうね」

 そもそも「とあるマンション」ですしね。
いよいよ満を持して公開した劇場公演の反応は?

野崎「去年は、たまたま日本から来てっていうのは、たぶん私達だけで。結構物珍しさも相まって見に来て頂いたりとか」
上ノ空「もうジャパンポップをやります、みたいな感じを前面に押し出して、ビジュアルもピンクのかつらに青のかつら。アニメの世界から出てきました、みたいな感じで。フランスは日本のアニメ大好きですからね。私達もそれを狙って」

 具体的にこんな事を言われた、というのがあれば教えて下さい。

上ノ空「Super!(笑)」
野崎「・・・えーと、色々な声を頂いたんですけど『君たちのお芝居を見たから、僕はいつか日本に行ってみるよ。絶対に』とか、私達が日本への興味の出発点になった方もいましたし」
上ノ空「女優さんで3回見に来てくれた方もいて。私達がオフで歩いてたら、追いかけてきて『あんた達、私3回観たわよ』って感じで」

フランス・アヴィニョン凱旋公演「無礼講 Break"0"」

 

 目の肥えた観客は良いと思った作品には実に素直に反応する。to R mansionの公演は動員数右肩上がり、最終的には1000以上ある公演の中でベスト20に選出された。
 日本でもフランスでも観た人を魅了する彼らの舞台はどんな風に作られているのか、これからどんな舞台を作りたいのか。そんな事を次のページでは聞いてみたいと思います。

(※注)アヴィニョン演劇祭はフランスのアヴィニョンで毎年7月に約一ヵ月間ひらかれている演劇を中心としたフェスティバル。1947年にジャン・ヴィラールによって始められた。2002年の参加は580団体。昨年の参加は約1000団体であり、いまなお規模を拡大する世界でも有数の演劇祭。

 



撮影・スズキマサミ