★演者に訊く 2011年8月
ゲスト「小唄三味線・宮澤やすみ


【全2回 其の2

 物語には運命が付き物です。奇跡的なタイミングで証拠品が目に入ったり、何十年と会わなかった家族がある日、運命の再会を果たしたり。冷静になってみれば、そんなに上手い事ゆくはずはないのですが、必然だけで作られた物語は一味足りないような気にさせられるものも少なくありません。
 その反面、事実は小説よりも奇なり、なんて言葉もあります。時に事実はフィクションを軽々と凌駕する。誰でも自分の人生を振り返ってみれば、運命としか表現出来ないような事件や出会いがあるものでしょう。
 この世に満ちているのは偶然なのか必然なのかは分かりませんが、我々は人生のエッセンスとして運命を求めているのは確かなのではないでしょうか。
 さて、前回は宮澤さんが心身ともに疲れ果て職を辞めている時期に、運命的に三味線と出会う所までお話を伺いました。
 ではその続き。

小唄三味線・宮澤やすみ

 

「最初はお金云々じゃなくて、
単にライブ活動したかったんですね」

 

宮澤「何にも弾き方分からないんだけど、幸い家が神楽坂でしょ、三味線屋さんが居るわけですよ。皮も破けていたけど、そこの気風の良い親父が『よし、俺が全部直してやる』とか言って、音が出るようにしてくれて、教則本も頂いて。そのお世話もあって、独学で弾くようになって……。それが最初ですね」

 これまでやっていた洋楽器との違いは感じましたか?

宮澤「サワリという三味線独特の音色がありますが、そんなの理解してなかったですからね。変なペンペンした音だけ鳴らしてて。でもメロディやなんかは歌舞伎や落語に親しんでたんで、お決まりの曲を弾いたりして。でもそんなに深くは付き合わなかったですね。すぐ飽きて置いてたんですけど」

 その後も自宅療養?

宮澤「引篭もってたのは1年間くらいで、再就職しましたよ。すぐに辞めちゃったけど。あの頃は音楽で何とかしようなんて全く思ってなかったから、書くのが好きだったんで、広く言うと出版形の仕事が出来たらいいなって漠然と思ってましたね。
 近所の編集プロダクションにたまたま空きがあったんで、たまたま入れて丁稚奉公みたいな感じで、出版とか物書きのいろはを勉強して、それからフリーになって」

 文筆で生きてゆこうとした。

宮澤「そこで出会いがあって、神楽坂のタウン誌の手伝いをしてたんですね。そしたら『和風が好きだから取材して欲しい人がいる』って。それが神楽坂界隈で小唄を教えてる人を取材してくれって内容で。インタビュー行って、お話したら僕が三味線のCD持ってて、小唄のCDを当時好きで聴いてたんです。『だったら(小唄を)やらなきゃ駄目よ』って言われて(笑)」

 インタビューのはずが勧誘された。

宮澤「軽い気持ちで行ってみたら、荒れよという間に引きずり込まれて」

 師匠のお名前は?

宮澤「小唄扇派家元の、扇よし和(おうぎよしかず)師匠です」

 正式に習い始めたら面白かった。

宮澤「面白かったですよ。長唄みたいに大人数でかしこまってやるんじゃなくて、小唄だったから、とっかかりが気楽だったんですよね。またここで引篭もり系の話になるんですけど、小唄って一人で出来るんですよね。あの気楽さが性に合ってたのかもしれない。あとはジャズやってたんで、ジャズのリズム感と小唄って似てると思うんですよ、シンコペーションとかスゥイング感とか、ちょっとアドリブがある所とか。その辺も含めてとっつき易かったですね」

小唄三味線・宮澤やすみ

 

 小唄の世界の師弟関係はどんな雰囲気なんですか?

宮澤「他の派(は)の小唄の人を知らないから。自分は、最初は普通に生徒で習ってますよって感じでしたけど、だんだん人間同士というか、音楽だけでなく、あいさつとか礼儀という大人としての振る舞いまでも教わりました。僕がこんな感じなんでのらりくらりと(笑)。だから多分出来の悪い弟子だと思うんです」

 先ほど「派」という言葉が出ましたが、小唄にも流派があるんですね。

宮澤「あります、あります。他の派の方々を知らないんですけど、唄い方も違うんでしょうね。小唄は楽譜がなくて、基本的に(師匠から弟子へ)口伝えが前提。だからアレンジはしないですよ。家元がやった通りに空気感とか間も、そのまま再現します」

 師匠に入門して、小唄で生きていこうと思ったんですか?

宮澤「最初はお金云々じゃなくて、単にライブ活動したかったんですね。バンドやったらライブしますでしょ。あれと全く同じ感覚でやろうと思ったら、勝手にやっちゃいけないと(笑)。従来の僕の頭の中にそういう考えが無かったので何でか分かんなかったですね」

 たとえばロックバンドなら、どうにか楽器を弾いてるレベルでもライブハウスに出たりしますもんね。小唄の場合は前回伺った舞台藝としてではなく、お座敷的カジュアルな会も駄目?

宮澤「ある程度の実力になるまでは駄目なんですね。つたない芸を見せると、他の流派の皆様にご迷惑がかかる、っていう事なんですね。
 だから最初は師匠と一緒に二人でやってたんですけど、ある時から『一人でやってみなさい』って言われて」

 師匠と一緒にやっていた会は当初からカジュアル路線を目指していたんですか?

宮澤「そう、毎年10月にやってる小唄in神楽坂です。入門の翌年から始めました。
神楽坂は秋にアートイベントをやるんですよ、それに乗っかって何かやろうと。僕は最初から気軽なライブをやりたいと思ってたんですね。なんで小唄を選んだかっていうと、そういうカジュアルさに魅力を感じたからですよね」

 師匠はそういう活動に理解のある方だったんですね。

宮澤「ついた師匠が良かったですよね。そういう所も相性なんでしょうね。ここは御縁かなと」

 この頃には体調は良くなっていた?

宮澤「いや、まだでしたね。不安定でしたよ。人前に出るの凄い怖かったですけど、音楽やる以上は人前に出るのが僕の中ではセットだったんですよね。だから調子の悪い自分がだんだん慣らされてきたのかな。救いにはなりましたね

 宮澤さんの企画されるカジュアル路線の会と、現在の主流である舞台藝としての会だと客層は違いますか?

宮澤「違いますね。まず宣伝媒体がインターネットか紙かで違うんだけど(笑)。僕の会ではインターネットで着物とかに興味を持ち始めた若い女性が来たりとか。そしたらアンケートで『初めて聴いたんですけど、こんなに楽しく聴けるものなんですね』とか。嬉しいですよね」

 宮澤さんのライブが和服を着てお出かけするきっかけになっているんですね。

 

小唄in神楽坂 宮澤やすみ

「小唄in神楽坂 2010」の模様(今年も10/29に開催) 写真提供・宮澤やすみ
 

「楽しい場を作るっていう意味では
和も洋も関係ないかなって思ってるんです」

宮澤「小唄in神楽坂も年イチでやってましたけど今年ぐらいから音楽活動もちゃんとやろうかなと思って。音和座(おとわざ)とか石舞台とか。色々広げようとしています」

 ちなみに音和座は邦楽器による楽団で本稿の筆者が立ち上げに関わらせて頂いている。石舞台は古墳系アーティストのまりこふんさんと仏像系アーティストの宮澤さんとの音楽ユニット。
 それにしても扱う音楽の世界がどんどん広がってゆきますね。

宮澤「基本的には自分の中にあるものを出すしかないんですよ。小唄とかロックとか、ジャンルで言ったら変わりないと思うんですよね。YouTubeに出してんのは映像の遊びなんで、音楽を聴いてくれっていタイプのものではないんです。音楽としとやるんであったら、ちゃんと聞かせられる作品を、となるとやっぱり小唄ですよね。
 あとは自分で作った曲。これはジャンルで言ったらなんだろうね……、ロックになるのかね。音和座もこの間作曲させて貰ったんですけど、こちらは民話を映像化した作品の主題曲だったので、あえてベタな、ニッポンまる出しのテイストにして(笑)。だから本当にいろいろです」

 従来の型をハミ出したユニットでの活動が目覚しいですね。

宮澤「和風和風じゃなくて、音楽としてやりたいんだよね。楽しい場を作るっていう意味では和も洋も関係ないかなって思ってるんです。最近洋服でよく出てるんです。和服を着る機会はあんまり無くなってきましたね。特に僕仏像やってるでしょ、仏像の話して和服着てると、人によっては法要だと思っちゃうんですって。変に勘違いされちゃったら損なのでね。お坊さんな訳でもないし(笑)。
 今後は和の遊びだけではなくて、宮澤やすみとしてのブランドを確立していきたいなと」

 洋な空間で小唄が聴けちゃうのが宮澤やすみブランドですね。

宮澤「今の趣向では、普通の椅子の場、オーガニックカフェとかであえてやってギャップを楽しみたいと思ってます。僕はてんびん座なんで両方ないと駄目なんですよ。和も良いけど、洋も楽しみたい。どっちつかずって話もありますけど、バランスとりたい人なんですよね。
 ちなみに仏像ツアーでもお寺で仏像巡りをして、広尾のフレンチレストラン行って、さっきみた観音様のイメージに合わせたオリジナル料理で食事をするっていう仏づくしツアーをやりまして(笑)、あれ凄い反響が良かったですよ。ふる〜い木造のお寺から、急に広尾のレストランっていうギャップがたまらないんですね」

 小唄が映えるギャップの場というと、どこがありますか?

宮澤「お酒が付き物なんでワインバーとかで。あとはクラブとか、DJプレイの後に、小唄ですって(笑)。あとフジロックとかね、津軽三味線は出てましたけど。
 日本文化に魅力を感じるからこそこういう仕事をしているわけですが、和の伝統を継承≠ニかいうとどうもアツい世界になってしまいがちなんです。そういう濃ゆいのでなく、あくまで小ざっぱりと振る舞いたい。あんまり伝統だなんだと押し付けがましくせず、日本をほんのり感じてもらうくらいでいいんですよ」

 宮澤さんが好きなジャンルの音楽は?

宮澤「やっぱりロックですかね。皆で汗かいて楽しくやる方がね」

 汗は小唄には求めない?

宮澤「嫌な汗かいたりなんかして(笑)。小唄は、自分の中ではロックなつもりなんですけど。型はありますけど、やっぱり自分自身を出しますからね。そこを良い所も悪い所も全部さらけ出して皆で共有するっていう」

 それはロックや様々な音楽が前提にある宮澤さん特有の演奏スタイルですか?

宮澤「いや、やっぱりベテランの方の舞台をみても相当な世界に行ってますからね。レイ・チャールズとかB・B・キングを見るような気分で、神技を見せてくれるんです。若い人が見たら背筋ゾクゾクしちゃうのに、見るチャンスが無いのは勿体ないなと思いますよね」

 本当に良い物の情報を世間に向けて発信する方法を確立するのは、日本の藝能全体の大きな課題ですね。
 先ほど話題に出ました音和座が9月にライブがありますね。こちらは和のコンセプトを打ち出していますが、見所は?

宮澤「こんな事やって良いんだ、って思って貰えると嬉しいですよね。今度の9月のライブもカフェでやるんですけど、お酒飲んだり食事したりする場で和楽器が演奏するって中々ない事だと思うんです。ジャズクラブみたいにお酒のんで傍らに音楽があるっていう。
 あと、こないだメンバーで話したんですけど、僕らの特徴っていうのは、みんな社会人であるっていう事です。大体、和楽器でやってる人っていうのは、どこどこの息子であるとか、3歳から英才教育を受けて、大学は芸大でなんて来歴が凄いじゃないですか。僕らはサラリーマン家庭に生まれて学校も普通。社会人から楽器を始めた人もいる。そんな人間でもあんなバンドをやっている。庶民派っていうのかな(笑)。そこが良いかなって」

 三味線、琴、尺八、鳴り物、琵琶という編成も通常の邦楽演奏会では考えられない編成ですね。

宮澤「何でも出来る自由さを大事にしたいですね」

 では最後に、今後共演してみたい音楽のジャンルは?

宮澤「やってみたいのはテクノ、打ち込み系。前からDJには色々声かけてるんだけど中々実現しない。でもいつかやりたいな。
 何しろ小唄の伝統を紡ぐっていうのとは逆なんですよ、音楽が出来ればそれでいい」




音楽という字は音を楽しむ、と書くんだよ、なんてよく言われます。そして小唄はまさに楽しむための音楽だと、このインタビューで感じました。カジュアルに楽しめる、でも極めた人の楽しみでもある。なんて贅沢な音楽なのでしょうか。
 小さい頃から音楽に親しんできた宮澤さんが、小唄にたどり着いたのも当然かもしれません。

 

邦楽器による楽団「音和座」+無声映画+活動写真弁士の片岡一郎

 

 


■■■■■■■■■■■■■■ 宮澤やすみ 公演情報 ■■■■■■■■

20011年8月12日(金)

仏像コラムニスト・宮澤やすみの三味線と
古墳を歌うピアニスト・まりこふんの
異色デュオ「石舞台」デビューライブ!

まりこふん  宮澤やすみ

2011年8月15日(金) 19:30開演/20:00開演
経堂さばのゆ http://sabanoyu.oyucafe.net/
チャージ1000円

 

20011年9月3日(金)

和楽器バンド「音和座」カフェライブ

音和座 宮澤やすみ

2011年9月3日(土) 18:30開演/19:00開演
com cafe 音倉 http://www.otokura.jp/
チャージ3500円
 ※ゲスト・千太郎(舞)

 

公演の詳しい案内は、宮澤やすみ HP にて
 http://yasumimiyazawa.com/



撮影・スズキマサミ